冷蔵庫の中を撮って送ってください——海外の生活者にそう頼み、届いた画像からメーカーと商品名を推定する。楽天インサイトの新機能は、これを世界40以上の国と地域で動かします。しかも企業側が用意するのは、日本語の調査内容だけ。調査員が家庭を訪ねて棚の中身を記録していた仕事が、チャットの向こう側に移りました。
楽天インサイト株式会社は2026年7月30日、AIチャットボットを活用して海外生活者へのインタビュー調査を行う機能「AIチャットインタビュー for Global」の提供を開始した。AIがチャットボット上でインタビュー調査を代行し、回答者一人ひとりに合わせた対話を通じてインサイトを収集する。
世界40以上の国と地域を対象に、1市場あたり100名規模の調査を並行して進められ、入稿から最短5営業日で調査結果を納品する。対象は提携パネルを含む1億人以上のグローバルパネルで、クライアントの入稿作業は日本語のみで完結する。収集した画像をAIでテキスト情報に変換することで視覚的な文脈まで解析でき、定量分析にも活用できる。現地生活者に冷蔵庫内の画像送信を依頼し、どのメーカーのどの商品が入っているかを推定することも可能だ。
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海外生活者へのインタビュー調査ができる「AIチャットインタビュー for Global」運用開始のお知らせ
【編集部解説】
海外調査で大きなコスト要因のひとつとなるのが、「聞く人」にかかわる工程です。現地のモデレーターを手配し、通訳を挟み、逐語録を翻訳し、日本のチームが読める形に整える。この人手が、海外インタビューを「高い・遅い」ものにしてきました。今回楽天インサイトが投入したのは、現地語でのインタビュー進行と一次的な整理をAIが担い、こうした人手を減らすことを狙った仕組みです。調査設計、対象者の抽出とスクリーニング、品質管理、分析と納品には引き続き人が関与します。
注目すべきは、これがゼロから生まれた新機能ではないという点です。国内向けの「AIチャットインタビュー」は2024年後半から動いており、今回はその海外版にあたります。さらに土台をたどれば、楽天は2014年7月、海外調査専業のエー・アイ・ピー(AIP)の株式取得で筆頭株主らと合意し、完全子会社化を目指すと発表しています。当時のAIPはアジアを中心に15の国と地域で自社パネルを持ち、海外拠点は7か所、顧客基盤は36の国と地域に広がっていました。同社は2018年8月に楽天インサイト・グローバル株式会社へ社名を変更しています。
そして2026年1月1日、両社は合併しました。存続会社となったのは、消滅会社の楽天インサイト株式会社ではなく、海外調査を担ってきた楽天インサイト・グローバル株式会社のほうです(新社名は楽天インサイト株式会社)。今回対象となる1億人超のパネルには提携パネルも含まれますが、長年かけて築いた海外調査の基盤の上にAIモデレーターを載せた——そう捉えると、この発表の重みが変わってきます。
数字の意味も押さえておきたいところです。従来のグループインタビューは1グループ5〜8名程度、それを複数グループ回すのが一般的でした。楽天インサイト代表取締役の渡邉秀文氏も、人間が行う場合はグループ調査でも総数30〜40人程度が現実的だと語っています。それが1市場あたり100名となれば、単一市場で見ても、渡邉氏が挙げる30〜40人と比べて約2.5〜3.3倍。さらに複数の市場で並行実施できるとなると、定性的な自由回答を集められる総量は大幅に増やせます。定性と定量を分けてきた境界を、方法論のレベルで曖昧にしていく可能性があるということです。ただし、標本の代表性や測定尺度といった定量調査の要件が自動的に満たされるわけではありません。
なお報道では、納品までの期間は調査内容によって変動する場合があるとも伝えられています。「最短5営業日」は、条件が揃ったときに実現しうる下限として読むべき数字です。
価格感については、国内版の公開情報が参考になります。楽天インサイトのサイトでは、AIチャットインタビューの費用として50人で55万円から、100人で80万円から(いずれも税抜)と示されており、チャット時間は10分程度とされています。海外版の価格は公表されていませんが、通訳・現地モデレーター・翻訳といった人手の比重が下がる構造である以上、従来の海外デプスインタビューとは費用の組み立て方が変わってくると編集部はみています。
そして、この発表でもっとも射程が長いのは冷蔵庫の話だと考えています。「中を撮って送ってください」と頼み、その画像からメーカーと商品を推定する——これは、調査員が家庭を訪問して棚の中身を記録するホームビジットやパントリーチェックのうち、「何が置かれているか」という情報を遠隔で収集し、AIで解析する機能だと言えます。しかも画像をテキスト化して定量分析に回せる。もっとも、撮影するのは回答者自身であり、写るのはその範囲だけ。置き方や画像認識の精度にも左右されます。家庭内での行動観察や空間全体の文脈までは代替せず、楽天インサイト自身もオンラインホームビジットを別の手法として案内しています。自己申告だけに頼らない観察データがスケールし始める、という捉え方が実態に近いはずです。
世界の潮流とも重なります。AIモデレーターによる調査を手がけるListen Labsは2026年1月にシリーズBで6,900万ドルを調達し、9か月で100万件を超えるインタビューを実施したと発表しました。評価額については、5億ドルに達したとForbesやVentureBeatなどが報じています(同社の調達発表に評価額の記載はありません)。ESOMARの集計では、リサーチソフトウェアやレポーティングを含む広義のインサイト業界は約1,530億ドル規模。この市場のなかで、AI調査企業への投資やリサーチソフトウェアの利用が拡大しています。
そのなかで楽天インサイトの立ち位置を見ると、日本企業にとっての訴求点は「日本語入稿だけで完結する」という一点に強く出ているように思えます。1億人超のパネル規模、40以上の国と地域、最短5営業日、画像解析といった特徴も並んでいますが、英語圏発のAIリサーチ企業が多言語対応を掲げても、日本企業の担当者には英語で設計する負担が残る。そこを外したことが、実務上いちばん効く差なのではないか——これは編集部の読みです。
一方で、慎重に見ておくべき点もあります。
AIモデレーターは「もう一歩聞き返す」ことは得意でも、現在公開されている仕様では、表情や声色、沈黙といった非言語の情報を直接扱いません。同じ設計を40以上の国と地域に流したとき、ハイコンテクストな文化圏とローコンテクストな文化圏で、引き出される深さが揃うとは限らない。文化固有の概念を大規模言語モデルが単純化してしまう可能性は、研究でも指摘されています。言語や文化の違いを超えて現地消費者の本音を引き出せたとする実証実験の評価が報じられていますが、実験設計や対象国、評価尺度といった詳細までは公開されていません。市場間の品質差をどう検証するかは、今後の実運用で問われる部分です。
画像機能はさらに繊細です。冷蔵庫の中身は、その家庭の食習慣や所得水準に加え、健康状態や宗教的な制約といった、法域によっては特別な保護の対象となる情報まで推論させうる素材です。調査対象者の所在地やデータの処理・保存場所によっては、GDPRを含む複数国のデータ保護法制や越境移転規制への対応が必要になります。回答者がどこまで理解したうえで応じているか——その設計の丁寧さが、この手法の持続可能性を決めます。
ただし、AI相手のほうがむしろ本音を話しやすいという指摘は、楽天インサイト側からも出ています。渡邉氏は、病気のようにパーソナルでセンシティブなテーマでは、人間同士だと遠慮が生じて言葉にしにくかったものが、AIチャットインタビューでは警戒感が薄れ、プライバシーが守られていると感じてもらえるようだと述べています。この反応は、人間の面接官の前で働く「よく見られたい」という社会的望ましさバイアスが、AI相手では弱まる可能性を示す観察とも読めます。
もしそうであれば、スピードやコストではなくデータ品質を根拠にAIモデレーターを選ぶ理由になります。ただ、この分野の研究結果はテーマやインターフェースなどの条件によって分かれており、逆に過剰な開示やプライバシー上の懸念を報告するものもあります。条件を揃えた体系的な比較検証は途上で、現時点で定説とは言えません。
長期的に見れば、変わるのは調査の値段ではなく、企業の意思決定のリズムかもしれません。これまで海外の生活者の声は、数か月に一度まとめて取り寄せる「在庫」でした。それが継続的に流れてくる「ストリーム」に近づけば、商品開発も広告も、フィードバックを受けながら走る形に変わっていく。これは現時点では見立てにすぎませんが、納期の短縮がそこへ向かう条件を整えつつあることは確かです。
同時に、私たち一人ひとりは「聞かれる側」でもあります。チャットの向こうにいるのがAIであること、送った写真が何に使われるのか。その透明性が担保されて初めて、この仕組みは人と企業の対話を本当に豊かにするのだと思います。
【関連記事】
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【編集部後記】
料金ページを開くと、50人で55万円から、チャットは10分程度と書いてあります。ラダリングやCEPといったインタビューの型も選択式です。つまりAIは自由に会話しているのではなく、あらかじめ決められた設計図の上を歩いています。
引っかかるのはその先です。設計図を書くのは日本にいる担当者で、答えるのは40以上の国と地域に散らばる人たち。ハイコンテクストな文化圏で「言われなかったこと」が抜け落ちたとき、それは誰の目にも見えないまま集計値に混ざります。同じ質問設計で引き出せる深さが市場ごとに違うことを、納品されたレポートのどこで確かめられるのでしょうか。
【用語解説】
インサイト
生活者の理解から得られる、意思決定に効く洞察のこと。本人が明確に意識していない動機を指す場合もあれば、行動の背景にある構造や文脈を指す場合もある。単なる集計値とは区別される。
デプスインタビュー
調査員と対象者が1対1で行う深掘り型のインタビュー。楽天インサイトの渡邉秀文氏は、人間が行う場合は1対1を順番に重ねるほかなく、グループ調査でも総数30〜40人程度が現実的だと述べており、実施人数が構造的な制約となってきた。
グループインタビュー(FGI)
5〜8名程度の対象者を1グループとして座談会形式で行う定性調査。人数に固定の基準はないが、複数グループ実施しても対象者は数十名規模にとどまることが多く、定性調査の「n数の少なさ」の要因となってきた。
定性調査/定量調査
定性調査は少人数から「なぜ」を深く聞き出す手法、定量調査は多人数から数値化できる回答を集める手法。両者を組み合わせる混合研究法はAI以前から存在するが、AIモデレーターの登場はその境界をさらに曖昧にしつつある。
AIモデレーター
インタビューの進行役(モデレーター)をAIが務める方式。回答内容に応じて追加質問を生成し、掘り下げを行う。同時並行で多数の対話を走らせられる点が最大の特徴だが、人による設計や品質管理が不要になるわけではない。
調査パネル/グローバルパネル
あらかじめ属性情報を登録し、調査への協力に同意しているモニターの集団。国境をまたいで構築されたものをグローバルパネルと呼ぶ。提携先のパネルを含めて規模を示すことも多く、登録時の同意とは別に、調査内容や収集するデータの性質に応じて個別の説明や追加同意が必要になる場合がある。
ホームビジット/パントリーチェック
調査員が対象者の自宅を訪問し、生活空間や冷蔵庫・食品庫の中身を記録する調査手法。「答えた内容」ではなく「実際にある物」を捉えられる反面、コストと時間の負担が大きい。近年はオンライン型や自己撮影型の派生手法もある。
ハイコンテクスト/ローコンテクスト
文化人類学者エドワード・T・ホールが1976年の著書『Beyond Culture』で体系化した文化の分類。文脈への依存度が高い文化と、明示的な言語表現に依存する文化を指す。国民文化を固定的に二分する使い方は単純化を招くとされる。
社会的望ましさバイアス
回答者が「良く見られたい」という意識から、本音ではなく社会的に望ましいとされる答えを選んでしまう傾向。対面調査で生じやすいとされるが、AI相手なら必ず弱まるとは限らず、研究結果は条件によって分かれている。
越境データ移転
個人データを国境を越えて別の国に移す行為。EUのGDPRや日本の個人情報保護法が移転条件を定めている。保存場所だけでなく、外国からのアクセスや外国の拠点での取り扱いが論点になる場合もある。
GDPR(EU一般データ保護規則)
2018年5月25日に適用が開始されたEUの個人データ保護規則。処理の適法な根拠の明確化、利用目的の明示、域外移転の制限などを定める。同意は複数ある適法根拠のひとつであり、唯一の要件ではない。
【参考リンク】
AIチャットインタビュー|楽天インサイト(外部)
今回のグローバル版の原型となった国内向け機能の公式ページ。調査の流れや納品物、50人・100人単位の価格まで公開されている。
楽天インサイト株式会社(外部)
約220万人の自社パネルを持つ国内最大級のリサーチ会社。2026年1月に楽天インサイト・グローバルとの合併を経て現在の体制となった。
楽天グループ内組織再編について|楽天インサイト(外部)
2026年1月1日付の合併を告知した公式案内。存続会社が楽天インサイト・グローバル、消滅会社が楽天インサイトであることが明記されている。
海外調査(グローバルサーベイ)|楽天インサイト(外部)
同社の海外調査サービスの案内ページ。対応する国と地域、オンラインホームビジットを含む調査手法や活用事例が掲載されている。
楽天インサイト グローバルサイト(外部)
楽天インサイトの英語サイト。旧AIPを源流とする海外調査事業を含むサービスが、日本国外向けに紹介されている。
楽天、海外市場調査のリーディングカンパニーAIPの株式を取得|楽天グループ(外部)
2014年7月17日の発表。AIPが15の国と地域に自社パネル、海外拠点7か所を持っていたことが記された、現在の海外調査基盤の出発点。
楽天リサーチおよびAIPの社名変更に関するお知らせ|楽天グループ(外部)
楽天リサーチが楽天インサイトへ、AIPが楽天インサイト・グローバルへ社名変更した2018年の発表。国内パネル220万人の規模も示す。
Inside Rakuten AI: Hidefumi Watanabe on how AI unlocks deeper consumer understanding(外部)
楽天インサイト代表へのインタビュー英語原文。国内版の開始時期や、人間のインタビューの人数上限に関する発言の一次資料にあたる。
【Rakuten AIの裏側】渡邉 秀文が語る、AIによる消費者理解の深化|Rakuten Today(外部)
上記インタビューの日本語抄訳。AI相手のほうが話しやすいという反応や、精度向上の工夫が語られている。
楽天インサイト、海外40カ国対応の「AIチャットインタビュー for Global」提供開始|Commerce Pick(外部)
今回の発表を報じた記事。先行して行われた実証実験や、納品期間が調査内容により変動しうる点に触れている。
Listen Labs(外部)
AIが音声・動画・テキストでインタビューを行う米国のリサーチ企業。Microsoftなどを顧客に持つAIモデレーター市場の代表格である。
ESOMAR(外部)
1947年以来活動する国際的なリサーチ業界団体。世界のインサイト業界規模を集計する年次報告を発行し、調査倫理の綱領も定めている。
【参考記事】
Listen Labs raises $69 million Series B to bring customer voices into every decision(外部)
調達額6,900万ドルと9か月で100万件超のインタビュー実績を伝える同社の公式発表。評価額の記載はない一次資料。
Listen Labs raises $69M after viral billboard hiring stunt to scale AI customer interviews(外部)
シリーズB調達を報じたVentureBeatの記事。評価額5億ドルという報道ベースの数字と、Microsoftの活用事例を伝える。
This $500 Million AI Startup Runs Customer Interviews For Microsoft And Sweetgreen(外部)
評価額5億ドルとされる同社の顧客基盤に加え、消費者行動を模擬する合成型スタートアップの台頭を伝えるForbesの記事。
Inside the $153bn Insights Industry(外部)
ESOMARの年次報告の抜粋。広義のインサイト業界が約1,530億ドル規模に達したことと、3セクター構成の枠組みを解説する。
Our continued partnership: Listen Labs raises $69M Series B(外部)
投資家側から見た調達の意義。AIインタビュアーが対話を動的に変えながら掘り下げる仕組みを出資判断の根拠として説明する。
Meet the $500M AI Startup Quietly Interviewing Customers for Microsoft(外部)
顧客の広がりを整理した記事。従来の調査手法の「遅い・高い・不完全」という課題認識が投資家の言葉で示されている。












