スマートグラスが普通の眼鏡に近づくほど、私たちはそれが「カメラ」であることを意識しにくくなります。裁判所にも広がった新たな制限は、ウェアラブル時代の撮影ルールが抱える難しさを浮かび上がらせています。
イングランドとウェールズの裁判所では、画像や動画を記録できるMetaのスマートグラスの持ち込みが禁止され、入館時に預けて退出時に返却する運用が導入されている。HM Courts & Tribunals Service(HMCTS)は、裁判所内の撮影や録音には既存の法的制限があり、行為によっては刑事責任や法廷侮辱が問題となると説明する。
一方、スマートフォンは録画しないことを条件に持ち込み可能だ。背景には、通常の眼鏡に近い外観から録画の有無を周囲が認識しにくいという懸念があり、今年には高等法院でスマートグラスを通じた「助言」が疑われた事例もあった。
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If you own Meta smart glasses then you may be banned from courts soon
【編集部解説】
「録画禁止」だけでは対処しにくいデバイス
今回の規制で興味深いのは、裁判所がカメラを備えた機器を一律に排除したわけではなく、スマートフォンとスマートグラスを異なる扱いにしている点です。元記事によれば、スマートフォンは録画しないことを条件に持ち込める一方、Metaのスマートグラスは入館時に預ける運用となっています。
イングランドとウェールズでは、今回の措置以前から法廷内の撮影や録音に制限があります。写真撮影についてはCriminal Justice Act 1925第41条、音声録音についてはContempt of Court Act 1981第9条などが関係し、さらに刑事手続きでは機器の利用について裁判所が条件を定める仕組みがあります。つまり、今回突然「録画」という行為そのものが問題になったわけではありません。すでに存在していたルールに、スマートグラスという新しい形の機器をどう当てはめるかが問題になっています。
「普通の眼鏡に見えること」が利点から問題へ変わる
Metaのスマートグラスがスマートフォンと大きく異なるのは、撮影するために手に端末を構える必要がないことです。製品を装着したまま視線に近い映像を記録できるため、利用者にとっては操作の負担が小さくなります。一方、周囲から見れば、利用者が単に眼鏡をかけているのか、撮影しているのかを見分けるための手掛かりが少なくなります。
Metaも、この問題を認識した設計を採用しています。同社の公式説明では、写真や動画を撮影すると撮影LEDが点灯し、LEDが覆われている場合には遮蔽物を取り除くよう利用者に通知するとしています。また、利用者に対して撮影前に周囲の人へ知らせることや、診療所、ロッカールーム、公衆トイレなどのセンシティブな場所ではスマートグラスの電源を切ることを推奨しています。
しかし、裁判所側は「LEDが点灯するから使用を認める」という判断ではなく、デバイス自体を入口で預かる方法を選びました。ここには、撮影されていることを事後的に確認できる仕組みよりも、そもそも無断撮影が可能な機器を審理の場へ持ち込ませないことを優先する姿勢が見えます。これは編集部としての解釈ですが、裁判手続きのように記録や情報伝達そのものが厳格に管理される場所では、利用者の適切な操作だけに依存しない運用が選ばれやすいことを示す事例といえます。
カメラが「持つもの」から「身につけるもの」へ
今回浮かび上がった問題は、Metaという一企業だけに限定されません。従来のカメラやスマートフォンでは、「端末を取り出す」「対象へ向ける」といった動作が、周囲にとって撮影を認識する手掛かりになっていました。スマートグラスでは、その動作そのものが小さくなります。今後カメラやマイク、AIアシスタントが眼鏡などの日用品へさらに溶け込めば、「撮影禁止」という行為ベースのルールだけでは管理しにくい場所が増える可能性があります。これは今回の事例から導ける編集部の考察であり、現時点で各施設が一律にスマートグラス禁止へ向かっていることを意味するものではありません。
日本でも、裁判所内の撮影や録音にはすでに制限があります。例えば横浜地方裁判所は、法廷内だけでなく裁判所内での写真撮影や録音を原則禁止し、法廷では携帯電話の電源を切るよう案内しています。
ただし、今回確認した日本の裁判所の案内では、Metaのスマートグラスなど特定のウェアラブル機器について、イングランドとウェールズと同じように入館時の預かりを全国共通ルールとして行うとの記載までは確認できませんでした。今後スマートグラスが一般的になれば、日本でも既存の「撮影・録音禁止」というルールを、装着型デバイスにどのように適用するのかが実務上の論点になる可能性があります。
便利なスマートグラスを作るためには、できるだけ普通の眼鏡のように使えることが重要です。しかし、普通の眼鏡と見分けにくくなるほど、撮影される側からは機能の使用状況が分かりにくくなります。スマートグラスの普及は、デバイスの性能だけでなく「録画していることを社会の中でどう伝えるか」という設計まで問う段階に入りつつあります。
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【編集部後記】
裁判所での使用禁止と聞くと、さすがに当然の対応だと感じます。
撮影しているかどうかが周囲から分かりにくい以上、裁判の公正さを守る場所では慎重にならざるを得ません。
スマートグラスの便利さは魅力的ですが、どこでも同じように使えるわけではないのでしょう。
むしろ普及するほど、場所ごとのルールづくりは細かくなっていきそうです。
技術が自然に生活へ溶け込むほど、使ってよい場所とそうでない場所の線引きも重要になってきます。
裁判所という場所を考えれば、今回の判断はかなり納得しやすいものだと思います。
【用語解説】
スマートグラス
眼鏡型のウェアラブルデバイス。製品によってカメラ、マイク、スピーカー、ディスプレイ、AIアシスタントなどを搭載する。Metaのスマートグラスでは、ハンズフリーでの撮影や通話、Meta AIとの対話などに対応。
HM Courts & Tribunals Service(HMCTS)
イングランドとウェールズの刑事・民事・家庭裁判所と、英国全体の一部統合審判所の運営を担う司法省所管の執行機関。
法廷侮辱(Contempt of Court)
裁判の適正な進行や司法の公正性を害する行為に対して適用される法的概念。イングランドとウェールズでは、無許可の音声録音などが法廷侮辱として問題となる場合がある。
【参考リンク】
Meta AI Glasses Privacy(Meta)(外部)
MetaのAIグラス利用時のプライバシーに関する公式案内。撮影インジケーターや、周囲への撮影告知、プライバシーに配慮すべき場所での利用方法などを説明。
HM Courts & Tribunals Service(GOV.UK)(外部)
イングランドとウェールズを中心に裁判所・審判所を運営するHMCTSの公式ページ。組織情報や裁判制度に関する各種案内を掲載。
裁判所「傍聴のルール」(外部)
横浜地方裁判所による傍聴時のルール案内。裁判所内での写真撮影・録音が原則禁止され、法廷内では携帯電話の電源を切ることなどを案内。
【参考記事】
Meta glasses banned from courts in England and Wales|The Guardian(外部)
イングランドとウェールズの裁判所におけるMetaスマートグラス禁止を報道。HMCTSの説明、過去の高等法院での事例、英国の飲食店などで進む規制について掲載。
The Criminal Procedure Rules 2025, Rule 6.9|UK Legislation(外部)
イングランドとウェールズの刑事手続きにおける録音や電子通信機器の利用について定めた規則。今回の規制以前から存在する法廷内の機器利用ルールを確認するための一次資料。
Multimodal generative AI systems|Meta(外部)
Ray-Ban Metaスマートグラスなどで利用されるマルチモーダルAIについてMetaが説明する公式資料。スマートグラス利用時に周囲の人のプライバシーへ配慮する必要性にも言及。


















