私たちが毎日使うガスや電気。その裏側で動くITシステムを、AIで丸ごと作り替える動きが始まりました。大阪ガス、オージス総研、日本IBMの3社が手を組み、AIエージェントの導入から開発・運用の自動化、サイバー攻撃対策、人材育成までを見据えた共創パートナーシップを締結。社会インフラ事業者のDXが、いよいよ「AIを軸とする」段階へと踏み込みます。
大阪ガス株式会社、株式会社オージス総研、日本アイ・ビー・エム株式会社の3社は、2026年6月8日、「AIを軸とした次世代ITシステム変革」の検討を開始する共創パートナーシップ合意書を締結した。DaigasグループのDXを加速し、社会の課題解決に貢献することを目的とする。
検討領域は、AIエージェントなどの導入と既存システムの改修によるお客さまへの提供価値向上、AI駆動開発基盤を活用した開発・運用の高度化、AIを悪用したサイバー攻撃への対応方針の高度化、人材交流による高度DX人材の育成である。日本IBMは本取り組みを通じてエネルギー業界の知識やノウハウを蓄積する。3社は複数の専門検討チームを立ち上げ、技術検証とロードマップ策定を進めており、2026年度中を目途にシステムや業務へのAI適用を拡大・加速する計画である。
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大阪ガス、オージス総研と日本 IBM、AIを軸とした次世代ITシステム変革を目指した共創パートナーシップを締結
【編集部解説】
このニュースを「単なる業務提携の発表」として読み流すと、本質を見落とします。innovaTopiaが今これを取り上げる理由は、本件が日本企業の積年の課題である「レガシーシステムの呪縛」と「生成AI時代の開発」が交差する、象徴的な事例だからです。
まず押さえておきたいのが、3社の関係性です。オージス総研は大阪ガス100%出資のDaigasグループ企業であり、グループのITを支える中核的な存在です。グループ内にIT子会社を持つ大阪ガスが、あえて外部の日本IBMを迎え入れた点に、今回の本気度がにじみます。
背景には、決して順風満帆ではなかった大阪ガスのDXの歩みがあります。同社は基幹システムの再構築をめぐり、2025年に多額の減損損失を計上したと報じられています(金額は後述の参考記事に記載)。長年使い込んだ基幹システムの刷新がいかに難しいか、それを当事者が痛感したうえでの今回の一手だと読むのが自然でしょう。
リリースに頻出する「モダナイズ」とは、古い言語や設計で組まれた現行システムを、最新技術で作り直すことを指します。ここでカギを握るのが、もう一つのキーワード「AI駆動開発基盤」です。
平たく言えば、設計・コーディング・テストといった開発の各工程にAIの支援機能を組み込んだ「土台」のことです。IBMはこの領域で、自社の基盤モデルGraniteを搭載した「watsonx Code Assistant」を展開しており、レガシーコードの解析や別言語への変換を自動化する強みを持ちます。ただし、今回の合意で特定製品の採用が明言されたわけではありません。こうした製品群が活用される場になる可能性は十分にある、という位置づけで見ておくのが適切でしょう。
ポジティブな側面は明快です。これまで熟練エンジニアの手作業に依存していた改修や運用が、AIによって省力化・高速化されれば、人材不足に悩むインフラ事業者の足腰を強くする可能性があります。AIエージェントを顧客対応に広げれば、ガスや電気の契約・問い合わせといった生活に密着した接点も滑らかになるはずです。
一方で、リスクから目を背けるわけにもいきません。生成AIが書いたコードの品質保証や、エネルギーインフラという「止められないシステム」へのAI適用には、慎重な検証が欠かせません。リリース自体が「AIを悪用したサイバー攻撃への対応」を掲げている点は、裏を返せば、AIが攻守どちらにも使える諸刃の剣であることを当事者が自覚している証左です。
規制・ガバナンスの観点も見逃せません。電力・ガスは公益性が高く、システム障害が社会生活を直撃します。AIによる自動化が進むほど、その判断の透明性や説明責任が問われる場面は増えるでしょう。エネルギー業界でのAI適用は、今後の業界ルール形成を占う試金石になりえます。
長期的に見れば、本件のもう一つの主役は「人」です。3社は人材交流による高度DX人材の育成を掲げており、日本IBMはエネルギー業界の知見を蓄積し、横展開できるソリューション構築を狙っています。つまりこれは、一社のDXにとどまらず、業界全体の変革モデルを共同で作る試みでもあるのです。
2026年度中——つまり2027年3月末まで——という具体的な期限が切られている以上、年度内のAI適用拡大・加速に向けた進捗が注目されます。「うまくいった先進事例」になるのか、それとも「難所で立ち止まる」のか——日本の社会インフラがAIをどう使いこなすのか、その縮図として、innovaTopiaは引き続き注視していきます。
【用語解説】
Daigasグループ
大阪ガスを中核とする企業グループの総称。エネルギー事業を軸に、国内外で多数のグループ企業を擁する。「Daigas」は大阪ガスのブランド名にあたる。
AIエージェント
人間の細かな指示を待たず、目標を与えられると自ら手順を考えて作業を進めるAIのこと。問い合わせ対応や定型業務の自動化などに応用が広がっている。
モダナイズ(モダナイゼーション)
長年使い込まれた古いシステムを、最新の技術や製品で作り直すこと。本件では既存の基幹システムを現代的な構成へ刷新する取り組みを指す。
AI駆動開発基盤
設計・コーディング・テストといった開発の各工程に、AIによる支援・自動化機能を組み込んだ開発の土台のこと。省力化と工期短縮を狙う。
Granite(グラナイト)
IBMが企業向けに開発した独自の基盤モデル群。watsonx Code Assistantに搭載され、コード生成や変換を担う。
減損
保有する資産(システムや設備など)の価値が見込みより下がった際に、その差額を損失として会計処理すること。
【参考リンク】
株式会社オージス総研 公式サイト(外部)
大阪ガスの完全子会社で、コンサルティングからシステムの設計・開発・運用まで手がけるシステムインテグレーター。本件の当事者。
IBM watsonx Code Assistant 製品ページ(外部)
本件の「AI駆動開発基盤」に関連するIBMの生成AIコーディング支援製品。Graniteを搭載し、モダナイズや自動化を支援する。
大阪ガス株式会社 公式サイト(外部)
本件の当事者であるエネルギー大手の公式サイト。企業情報やプレスリリース、サステナビリティの取り組みなどを掲載している。
【参考記事】
大阪ガス、基幹再構築で減損137億円 DX推進であえて難関に挑んだか(日経クロステック)(外部)
大阪ガスが基幹システム再構築の見直しに伴い2025年3月期に137億円超の減損を計上したと報じた記事。本件の背景理解に重要。
【解剖】大阪ガスのDX戦略――全社挙げ3本柱で変革(ガスエネルギー新聞)(外部)
社員4割が生成AIを利用しDX中核人材を243人育成するなど、大阪ガスが2021年度から進めるDX戦略の現状を解説した記事。
大阪ガスはなぜ「300人体制」でDXを進めるのか、推進で重視する「2つの柱」(ビジネス+IT)(外部)
自社開発の生成AI基盤「DaigasAI」など、大阪ガスがDXと生成AI活用に本気で取り組む背景を担当者に聞いた記事。
【関連記事】
AnthropicのClaude Code、COBOL近代化に参入─IBM株13%急落、メインフレーム事業の構造的転換点か
本件の核である「AIによるレガシーシステムのモダナイズ」を正面から扱った一本。watsonx Code Assistant for Zにも言及している。
三菱重工×Preferred Networks、国産AI共同開発で業務提携|社会インフラ・防衛の自律化へ
「社会インフラ事業者×AI企業の提携」という構図が本件と相似する、直近かつ国内の好対照事例である。
IBMのAIへの取り組み、Watsonxの実力と他のAIとの比較分析
watsonxの全体像とレガシー近代化(COBOL→Java変換)を解説。本件のIBM側の技術背景を補完する。
【編集部後記】
取材で何度も感じるのは、「派手な新サービス」よりも「動いて当たり前のシステム」を変えることのほうが、はるかに難しいという事実です。今回の3社の挑戦は、まさにその難所に生成AIで踏み込もうとするもの。
私たち自身も、ガスや電気という毎日の当たり前がどう変わっていくのか、当事者の一人として見届けたいと思っています。年度内のAI適用拡大・加速に向けた進捗を、引き続き追いかけていきます。












