1630件のうち、10代が0件、20代が0件。奈良市が自ら公開した女性問題相談の実績です。9月1日、市はLINEで24時間動く生成AIを相談の入口に据えます。落札額は税込440万円。仕様書には、AIが不適切に応答したときの手順まで書かれていました。
奈良市は2026年9月1日午前10時から、女性問題相談にLINEを使った生成AIチャット「わたしのミカタAI(あい)ちゃん」を導入する。事業の愛称は「わたしのミカタ相談」で、受託はつながりAI株式会社。落札金額は税込440万円。AIが24時間365日、家庭やパートナーとの関係、生き方、性に関することなどの相談を傾聴する。
有人相談は月曜から土曜の10時から16時(12時から13時、祝日・年末年始を除く)で、相談者の同意のもと対話履歴を引き継いだまま市の相談員が電話で対応する。自傷・他害の予告などにAIは肯定や共感を示さず、受託者の専門職が緊急度を最重度と判定した場合は警察や児童相談所等へ通報する。令和7年度の「女性問題相談」は1630件で、年代別の記録では10代と20代がいずれも0件だった。
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【女性問題相談の支援を拡大・24時間AIが寄り添う】「わたしのミカタ相談」・LINEを活用した生成AIチャットを開始【市長会見】(令和8年8月24日発表)
【編集部解説】
1630件のうち、10代が0件、20代が0件。
奈良市が今回のリリースで公開した令和7年度の年代別実績は、行政が自らの窓口について出す数字としては、かなり踏み込んだものです。最も多いのは60代の707件。50代以上の合計が79.3%を占めました。
正確に言えば、これは相談の件数であり、相談した人の数ではありません。年齢不詳が26件あるため、若い世代の相談が一件もなかったとまでは断定できません。それでも、年代別に記録された範囲で10代と20代がともにゼロという事実は動きません。
奈良市自身も、この偏りの理由を説明しています。対応時間が限られることから、日中に時間を取りにくい若年層や現役世代、深夜に一人で悩む人へ支援を届けることが難しかった。その結果として利用者層が50代以上に偏った、という書き方です。
電話で当日予約を取り、日中に30分の枠を確保し、声を出して話す。この形式が誰に届き、誰に届かないのか。年代別実績は、市自身が挙げたその問題意識と、きれいに整合する数字になっています。窓口の存在と、窓口への到達は別のことなのだという事実を、奈良市は自分の数字で示しました。
肯定しない設計と、肯定してしまったときの手順
今回の発表でもっとも注目したいのは、安全設計の書きぶりです。
奈良市は、AIの役割を「否定せず話を聞くことで、相談者自身の思考の整理をサポートする」と説明する一方で、自傷・他害の予告、犯罪行為の唆し、公序良俗に反する内容に対しては、AIは肯定や共感を示さず、制止と注意喚起を行うと明記しました。受託したつながりAIは、これを「ガードレール」と呼んでいます。
傾聴と制止は、言葉としては逆を向いています。それを一つのAIに同居させるというのが、この設計の要点です。
さらに踏み込んでいるのが調達仕様書です。奈良市は受注者に整備させるマニュアルの内容として、反社会的な発言への共感、誤情報の提供、差別的表現といった不適切な応答が発生した際の即時修正手順と、利用者へのフォロー体制を求めています。DV・性暴力被害者への二次被害防止や、トラウマインフォームドケアの観点への配慮も、同じ項目に並んでいます。
ガードレールを設けるだけでなく、それが破れたときにどう修正し、利用者をどうフォローするかまでを、契約の段階で定めている。AIの誤応答が起こり得ることを織り込んだ運用設計として、ここは注目に値します。
同じ8月、シャープは対話AIキャラクター「ポケとも」の第二弾で、肯定一辺倒ではない性格をあえて隣に置く選択をしました。ただし両者の理由は同じではありません。シャープの第二弾はキャラクター性と利用者体験の文脈にあり、安全上の対策として発表されたものではない。奈良市のそれは、高リスク場面での安全設計です。共通して見えるのは、常に肯定する設計を採らないという一点にとどまります。
それでも、この一点が消費者向けの製品と公的な相談窓口の両方で同時に現れていることは、記録しておく価値があると思います。
「全国初」に定義がついている
つながりAIは今回の事業を「全国初」と表現していますが、その根拠を注釈で開示しています。
2026年6月30日時点の自社調べであること。自治体の男女共同参画・女性支援部門が所管する相談事業において、24時間365日の自由対話型生成AIによる傾聴、AIによる高リスク相談の検知とアラート、対話履歴を保持した自治体相談員への引き継ぎ、この三つを一体で導入した事例に限ること。そしてFAQ・相談窓口案内型チャットボット、一般福祉相談、期間限定の実証事業、有人のみのSNS相談は除くこと。
自治体によるAIチャットボットの導入や実証は、すでに各地で行われています。だからこそ「何をもって初なのか」を書き分けたこの注釈は、読む側にとってありがたい。プレスリリースの「全国初」がしばしば検証不能なまま流通することを思えば、除外条件まで書いた開示は誠実な部類に入ります。
もう一度、最初から話さなくていい
地味ですが、実務上いちばん効くのは引き継ぎの設計だと考えています。
相談者の同意のもと、AIとの対話履歴を保持したまま、市の専門相談員が電話をかける。最初からすべてを説明し直す負担を減らすことを狙った設計です。DVや性被害のように、話すこと自体が負担になる相談では、この差は小さくありません。
相談プロセスは、LINE登録、AIによる24時間傾聴、危険察知または本人の希望、有人相談への切り替えという4段階で定義されています。夜間にAIが受けた相談は、通常であれば翌朝に相談員が把握してアウトリーチにつなげる。一方で仕様書は、緊急性が高いと判断された場合には有人相談の時間外であっても対応するよう求めています。受託者の専門職が緊急度を最重度と判定した場合には、警察や児童相談所等への通報につながります。夜はAIだけ、という設計ではありません。
有人相談を担うのは奈良市の職員です。受注者による代替は、市の相談員が急遽不在となる場合に限られ、仕様書では年10回程度、1回あたり最大6時間と見積もられています。代替にあたる専門職には、社会福祉士、精神保健福祉士、臨床心理士、公認心理師のいずれかの資格と、行政や非営利法人等での実務経験が要件として課されています。
「学習に使わない」の一言では足りない
機微性の高い情報を扱う以上、データの扱いは避けて通れません。ここは条文どおりに読む必要があります。
仕様書は、相談内容をAIモデルの追加学習に利用することを禁止するとしたうえで、続けて、個人を特定できない形に加工し、サービス改善目的で利用する場合には市の書面による事前承認を要すると定めています。メッセージデータ等の国内保管や、通信経路と保存データの暗号化も仕様書上の要件です。委託期間の終了時には、市へのデータ引き渡しののち復元不可能な方法で削除し、消去証明書を提出することまで定められています。
利用規約はさらに、相談情報をサービスの開発・改善・運用・品質向上や、研究、政策提言、広報等に利用できるとしています。個人情報の利用目的には、相談支援事業の効果測定や、生成AI相談支援・緊急時の有人対応の効果検証も含まれます。「学習に使わない」という一言だけでは、このサービスにおけるデータ利用の全体像は表せません。
また、利用規約は生命・身体・財産の保護のために必要な場合、あらかじめ同意を得ることなく、相談情報を警察、消防、医療機関、児童相談所等へ提供することがあると明記しています。気軽に話せる入口を広げることと、必要なときに情報を外へ渡すこと。この二つは同じサービスのなかで両立させる設計になっており、どこまでが自分の話したことの行き先なのかは、利用者にとって前もって知っておく価値のある情報です。
440万円という数字
公費事業なので、金額にも触れておきます。
奈良市の開札録によれば、この業務は令和8年6月23日の一般競争入札で、つながりAIが税込4,400,000円で落札しています。委託期間は契約締結日から令和9年8月31日まで。24時間365日稼働するAI相談サービスの構築と運用保守、リスク検知の管理画面、周知用チラシ2,000部程度の作成、計画停止を除く稼働率99%以上の維持などが業務範囲に含まれます。
金額は、この事業の輪郭をつかむうえで一つの手掛かりになります。ただし開札録に記載された入札者は1社で、同種事業と比べられる資料も公開されていません。この440万円が相場に照らして高いのか安いのか、他の自治体でも同じ規模で実現できるのかまでは、この資料だけからは判断できません。数字はそのまま置いておきます。
評価の設計は、これから見えてくる部分です。仕様書が求めているのは利用状況の集計と月次・年度末の運用報告で、前身事業で取られたような満足度や継続意向の調査を今回も行うかどうかは、公開資料からは読み取れません。相談件数が増えたことを成果とみなすのか、重篤化する前に届いたことを測るのか。市が何を成果と定義するかは、9月以降に注目したい点です。
入口の形も変わります。奈良市の案内によれば、市役所、西部会館、北部会館で使われてきた女性問題相談の3つの電話番号は、9月1日以降利用できなくなります。これまでの電話・面談相談から、公式案内上はLINE登録を入口とし、必要に応じて市の専門相談員が電話で対応する形へ切り替わります。AIという入口が加わる一方で、従来の直接電話による入口は終了します。
そして、相談の入口がLINE中心の形に変わっても、その先で受け止める有人相談の枠は、月曜から土曜の10時から16時、12時から13時と祝日・年末年始を除く、という形のままです。24時間の入口と、限られた時間の出口。この差をどう埋めるかは、同様の仕組みを導入する自治体にとって共通の設計課題になっていくはずです。
制度の時計と重なっている
タイミングにも触れておきます。
困難な問題を抱える女性への支援に関する法律が施行されたのは2024年4月1日。附則には、施行後3年を目途に施行状況を検討し、必要な措置を講ずるという規定が置かれています。厚生労働省は2026年7月29日、「困難な問題を抱える女性への支援に関する検討会」の第1回を開きました。第2回は9月2日に予定されており、報告書の取りまとめは2027年3月、その後に基本方針の見直しへ進む工程が示されています。自治体の相談支援体制や、都道府県と市町村の役割分担も、検討項目に含まれています。
国が支援の枠組みを点検しているちょうどその時期に、一つの中核市が「24時間の入口をAIで作る」という具体案を実装します。9月から積み上がる運用データは、奈良市の資産であると同時に、検討会が参照しうる先行事例にもなり得ます。
奈良市とつながりAIは、2025年5月から子育て相談の領域でハイブリッド相談を実証してきました。今回は、その知見を、より機微性と専門性の高い分野へ持ち込む段階にあたります。段階を踏んで領域を広げるというやり方は、公的サービスへのAI導入としては手堅い進め方です。
10代0件、20代0件。この0が、9月からどう動くのか。数字が1になることの意味は、1630が1700になることよりも、はるかに大きいはずです。
【関連記事】
シャープ「ポケとも」第二弾|あえて肯定しないAIという選択
肯定一辺倒ではない性格を隣に置くという選択を扱った一本。理由も文脈も異なるが、本稿の副軸と響き合う。
総務省が「自治体AX研究会」を始動。浜松市と神戸市でAI実証、自律型AIエージェントの導入も論点に
自治体へのAI導入を制度側から見た記事。削った時間が人と向き合う時間に戻るという論点が、本稿と接続する。
【編集部後記】
奈良市が前身の子育て相談を始めたとき、資料に別のトライアルのデータが引かれていました。産後の女性からの相談が最も多く届いた時間帯は、20時台だったそうです。子どもを寝かしつけて、ようやく自分の時間になる頃でしょうか。
窓口が閉じている時間に言葉が生まれることを、奈良市は数字として知ったうえで今回の設計に進んでいます。10代の0件も、いつか時間帯とセットで語られるようになるのかもしれません。
【用語解説】
傾聴
心理支援の用語で、相手の話を否定せずに受け止め、話し手が自分で状況を整理していく過程を支えること。奈良市も、否定せず話を聞くことで相談者自身の思考の整理をサポートすると説明している。
ガードレール
生成AIが望ましくない応答を返さないよう、あらかじめ設ける制限のこと。今回は、自傷・他害の予告や犯罪行為の唆しなどに対して肯定や共感を示さず、制止や注意喚起へ切り替える仕組みを指す。
トラウマインフォームドケア
支援の対象者が心的外傷を負っている可能性を前提に置き、支援そのものが新たな傷つきを生まないよう配慮する考え方。奈良市の仕様書は、相談支援マニュアルに盛り込むべき観点として挙げている。
アウトリーチ
支援を必要とする人からの申し出を待つのではなく、支援する側から出向いて働きかけること。夜間にAIが受けた相談を翌朝に相談員が把握し、能動的に動く流れがこれにあたる。
一般競争入札
発注内容と参加資格を公告し、応札を広く募って契約相手を決める方式。開札の結果は開札録として公開される。
【参考リンク】
つながりAI株式会社(外部)
本件の受託事業者。相談AIと専門職相談員によるハイブリッド相談を自治体等へ提供する。子ども向けや親子向けのパッケージも展開している。
わたしのミカタ相談(女性問題相談)(外部)
奈良市の案内ページ。9月1日午前10時からの開始日時、LINE登録の方法、利用規約へのリンク、従来の相談電話番号の扱いを掲載する。
困難な問題を抱える女性への支援に関する検討会(外部)
厚生労働省の検討会。女性支援新法の施行状況を点検する。第1回は2026年7月29日に開催され、資料と検討スケジュールが公開されている。
厚生労働省 困難な問題を抱える女性への支援(外部)
女性支援新法の概要、基本方針、事業の全体像をまとめた特設ページ。予算資料や自治体向けの通知類もここから辿ることができる。
【参考記事】
【全国初※】つながりAI、奈良市の女性問題相談に24時間365日の「相談AI」を導入(外部)
受託時の発表。全国初の定義を注釈で開示し、除外する4類型まで明記している。国内保管や追加学習の扱いなどの要件も本文で記す。
24時間365日、AIと人で女性の悩みに寄り添う。奈良市「わたしのミカタAI(あい)ちゃん」9月1日スタート(外部)
稼働直前の発表。相談者の同意のもとで履歴を引き継ぐことや、9月1日という本格稼働日を特定している。代表者コメントも収録。
奈良市女性問題相談AI活用支援サービス業務委託 仕様書(外部)
調達仕様書。ガードレールの要件、不適切応答時の即時修正手順、年10回程度という代替対応の上限、追加学習の扱いまで記載する。
奈良市女性問題相談AI活用支援サービス業務委託 開札録(外部)
令和8年6月23日の一般競争入札の結果。入札金額400万円、落札金額は税込440万円。開札録に記載された入札者は1社である。
わたしのミカタAI(あい)ちゃん利用規約(外部)
2026年8月1日制定、9月1日施行。相談情報の利用範囲と、生命・身体の保護のため事前同意なく関係機関へ提供できる場合を定める。
AIを活用した相談対応事業の実証実験を開始【市長会見】(令和7年5月13日発表)(外部)
前身となる子育て相談実証の発表。相談送信時間の約8割が有人対応の時間外だったという、別事業のデータを夜間ニーズの根拠に引く。
女性支援の自治体間格差是正へ 厚労省が検討会発足(外部)
検討会の初会合を報じた記事。婦人相談員1770人の移行や、一時保護件数が10年で約4割減ったことなど制度側の数値を押さえる。


















