「2030年までに年1,000回」という数字が、米国の新しい宇宙輸送政策に書き込まれました。ただし原文をたどると、これは打ち上げ回数ではありません。再突入との合算であり、しかも「飛ばす」ではなく「レンジが支えられるようにする」という書き方です。数え方を確かめないと、倍率の話ができない文書でした。
米ホワイトハウスは2026年8月20日、国家宇宙輸送政策(NSPM-17)を発出した。2013年11月21日のPPD-26を撤回する13年ぶりの全面改訂である。
第1節は、2030年までに宇宙輸送レンジが年間1,000回を超える打ち上げと再突入を支えられるまで拡張しなければならないとした。FAAがライセンスした2025会計年度の運用は打ち上げ195回、再突入9回の計204回である。
第2節は期限を刻み、内務長官は90日以内に追加の連邦陸上再突入サイト用の土地を特定し、運輸長官は180日以内に重要な打ち上げ回廊向けの優先空域を指定する。第6節は政府ペイロードを米国製の機体で打ち上げる原則を引き継ぎ、NASA長官には火星表面への商業ロボットアクセスと、有人火星往還の商業アーキテクチャの検討を求めた。
From:
The National Space Transportation Policy – The White House
【編集部解説】
13年という時間が、この文書の性格を決めています。
前身のPPD-26が出た2013年11月、米国から上がったロケットは年に20機に届くかどうかでした。ファルコン9の1段目が地上に戻ってくるのは、まだ2年先の話です。その前提で書かれた政策が、2026年まで現役でした。
そして2025年、米国からの軌道打ち上げは176回が成功しています。ホワイトハウスOSTPの年次まとめによる数字で、うち109回はケープカナベラルとケネディ宇宙センターのレンジ複合体からでした。今回の改訂は、打ち上げ頻度の急増と新しい輸送形態を踏まえて、2013年の政策を現在の運用環境に合わせ直すものでもあります。
「1,000回」は打ち上げ回数ではありません。
第1節の原文はこうです。
By 2030, our space transportation ranges must grow to support more than 1,000 launches and reentries every year.
打ち上げと再突入の合算であり、しかも「1,000回飛ばす」ではなく「レンジがそれを支えられるまで拡張しなければならない」という書き方になっています。一部の見出しや要約は「1,000回の打ち上げ」と縮めていますが、原文は打ち上げと再突入を並記しています。
現在の基準値を見ておきます。FAAがライセンスした2025会計年度の商業運用は、打ち上げ195回に対して再突入9回。合計204回で、FAAライセンス対象の打ち上げ・再突入として過去最多でした。再突入の内訳はSpaceXが7回、Vardaが2回です。約96%を打ち上げが占めている計算になります。ただし政策は2030年時点の内訳を定めていないため、再突入が大きく伸びれば、必要な打ち上げ数はその分少なくても合算1,000に届きます。
比較するときは母集団にも注意が必要です。FAAの204件はライセンス対象の運用で、軌道打ち上げだけでなくサブオービタルなども含みます。また米国事業者がニュージーランドのマヒアから行った打ち上げを含む一方、米政府が自ら行う打ち上げや再突入は原則として対象外です。OSTPの176回は「米国からの成功した軌道打ち上げ」という別の数え方です。期間も暦年と会計年度で異なります。倍率を語る前に、何を数えた数字なのかを確認する必要があります。
目を引くのは、追加の連邦陸上再突入サイトに期限が付いたことです。
第2節は、90日以内に「追加の指定連邦陸上再突入サイト」となる連邦所有地を特定するよう求めています。続いて運輸長官が180日以内に再突入の安全基準を評価し、商務長官が240日以内に、商業アクセスとインフラ、共同開発の必要性を考慮した開発計画を作る。90日から240日へ、用地特定・基準評価・開発計画が順に積み上がる設計です。
「追加の」と書かれているとおり、連邦の再突入サイトが今回初めて生まれるわけではありません。第2節aも、戦争長官とNASA長官が連邦の打ち上げ・再突入レンジと施設を透明に運用すると定めており、既存の枠組みが前提になっています。新しいのは、追加サイトについて用地から開発計画までの手順に日数を切ったことのほうです。文書は、そこで想定する具体的な機体や用途までは示していません。
再突入という言葉の範囲も、押さえておくと読み違えを避けられます。FAAの制度では、再突入は軌道や宇宙空間から帰還する機体を対象としており、カプセルに限りません。滑走路に降りるスペースプレーンも含まれ、ハンツビル国際空港はDream Chaserの帰還地として再突入サイト運用者ライセンスを受けています。一方、ファルコン9の1段目の着陸は打ち上げ側の運用に含まれます。この線引きのため、第1段の着陸はFAAの「再突入9回」には加算されません。
期限つきの作業は、ほかにも並んでいます。運輸長官は180日以内に、重要な宇宙打ち上げ回廊向けの優先空域を指定する。商務長官とFCC委員長は180日以内にスペクトラム確保を大統領へ報告する。戦争長官(Secretary of War)は180日以内に、必要が生じてから48時間以内という短縮日程への対応能力を含め、即応性のある宇宙アクセスを妨げる規制・制度・運用・技術上の要因を評価する。国務・商務両長官は120日以内に輸出政策と輸出管理を見直す。この覚書の具体性は、理念よりも、複数の省庁タスクに日数を置いた点にあります。
日本の宇宙輸送に関わる条項は、二つの節に分かれています。
第4節は、同盟国とパートナー向けに米国の宇宙輸送能力の輸出機会を広げる方向で、輸出政策と輸出管理を見直すよう求めています。日本との協業機会につながる可能性はありますが、双方向の技術移転を自由化する条項ではありません。米国の知的財産の保護や、非拡散・国家安全保障上の利益も、同時に条件として置かれています。
第6節aは、米政府のペイロードを米国製の機体で打ち上げる原則を定めています。ただしこの原則自体は2013年の政策にもあり、今回はじめて市場が閉じられたわけではありません。例外は三つです。資金の授受を伴わない国際プログラム(外国の宇宙機に搭載される科学機器の打ち上げを含む)、または外国政府が打ち上げサービスを提供するその他の政府間協力協定によるもの。副次ミッションとなる技術実証・科学ペイロードで、同等の米国の打ち上げサービスがない場合。そして非米国所有の宇宙機へのホステッドペイロードです。加えて第7節bには、この政策の適用除外や逸脱を大統領に申請する経路も用意されています。
H3による通常の米政府ペイロード打ち上げは、この原則の対象になります。JAXAとNASAの政府間協力であっても、協定の形態や打ち上げサービスの提供主体が第6節a(i)の条件を満たすかどうかで扱いが変わります。日本側もH3について自立的な打ち上げ能力と国際競争力の確保を掲げており、その政策目標自体がこの文書で変わるわけではありません。
この覚書が書いていないことも、同じくらい重要です。
第9節bは、実施が「適用法令に従い、利用可能な歳出予算の範囲内」であることを明記しています。覚書そのものが新たな歳出を計上しているわけではありません。第9節cは、この覚書が法的または衡平法上執行可能な権利や利益を生じさせないと定めています。
第2節から第7節には、インフラ、空域、スペクトラム、産業基盤、輸出政策、政府調達と、目標に向けた政策手段が並びます。ただし年次の中間目標や、1,000回に至る定量的な工程表、達成の見込みは示されていません。書かれているのは、期限を切って関係省庁に宿題を配ったところまでです。
期限までに、内務省の用地特定と、国務・商務両省による輸出政策の見直しが進みます。もっとも、成果物の公表義務が一律に定められているわけではありません。レンジのスケジュールのように公表が明示されたものもあれば、大統領への報告にとどまるものもあります。次に読むべきは、この覚書よりも、期限に追われて出てくる文書のほうです。何が公表され、何が公表されないのかも含めて。
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【編集部後記】
2025会計年度にFAAがライセンスした195回の打ち上げのうち、163回は4つの射場に集中しています。ケープカナベラルが76回、ヴァンデンバーグが61回、ケネディ宇宙センターが26回。残る1か所は国外です。
年1,000回を支えるレンジ、という言い方の重さは、この偏りを見たあとで変わりました。増やす話であると同時に、4か所に寄っている負荷をどこへ散らすかという話でもあります。90日後に内務省が挙げてくる土地の名前は、その最初の答えになるはずです。
【用語解説】
NSPM(国家安全保障大統領覚書)
大統領が国家安全保障に関わる政策を行政各部に指示する文書。法律ではなく行政内部の指示であり、議会の議決を経ない。通し番号が付され、今回は17番にあたる。
PPD-26
2013年11月21日に出された前の国家宇宙輸送政策。オバマ政権期の大統領政策指令で、NSPM-17によって撤回された。
レンジ(space transportation range)
打ち上げや再突入を安全に行うための一帯の設備と運用体制を指す。射点だけでなく、追跡レーダー、安全管理、空域・海域の調整までを含む。第1節の「年1,000回超」は、このレンジ側の支持能力について述べたものである。
再突入(reentry)
軌道や宇宙空間から機体が地球へ帰還すること。FAAの制度上はカプセルに限らず、滑走路へ降りるスペースプレーンも対象となる。一方、打ち上げ機の1段目の着陸は打ち上げ側の運用に含まれる。
指定連邦陸上再突入サイト
NSPM-17第2節jが新たに特定を求める、連邦所有地に置かれる再突入用の場所。原文は an additional designated Federal land reentry site とされており、既存の連邦再突入サイトへの追加という位置づけである。
サブオービタル
軌道に乗らず、宇宙空間に達して戻ってくる飛行。FAAのライセンス対象となる打ち上げには、軌道投入だけでなくサブオービタルも含まれる。
ホステッドペイロード
他者の宇宙機に相乗りする形で搭載される機器。専用の衛星を打ち上げずに済むため費用を抑えられる。
会計年度(FY)
米連邦政府の予算年度。前年10月1日から当年9月30日まで。暦年と範囲がずれるため、統計を比較するときは前提を揃える必要がある。
衡平法(equity)
英米法で、コモン・ローとは別に発達した法体系。「法的または衡平法上執行可能な権利」という定型句は、どちらの法体系においても裁判で強制できないという意味で用いられる。
【参考リンク】
FAA Commercial Space Transportation(外部)
米連邦航空局(FAA)の商業宇宙輸送部門。打ち上げと再突入のライセンス制度、年次統計、事業者向けの手続きなどを掲載する。
Office of Space Commerce(外部)
米商務省の宇宙商務局。国家宇宙輸送政策の解説と、歴代の米国宇宙政策文書の一覧を掲載する。今回の覚書の要点整理も置かれている。
JAXA H3ロケット(外部)
JAXAのH3ロケット公式ページ。機体の構成と形態、これまでの打ち上げ実績、自立性と国際競争力という開発目標までを掲載する。
Sierra Space Dream Chaser(外部)
Sierra Spaceの往還機Dream Chaser。滑走路に着陸するスペースプレーンで、FAAの再突入サイト制度と結び付く機体である。
Varda Space Industries(外部)
Varda Space Industriesの公式サイト。軌道上で材料を処理し、カプセルで地球へ帰還させる事業を展開している。
【参考記事】
White House Releases New Space Transportation Policy(外部)
2025年に米国から行われた軌道打ち上げの回数を挙げ、1,000回超という目標との差を示した記事。集計の除外条件にも触れている。
White House Releases Updated “National Space Transportation Policy”(外部)
米商務省による解説。120日、180日、240日という省庁タスクの期限を、担当する長官別に整理している。商務省自身の担当分も示す。
Fact Sheet: President Donald J. Trump Launches the Golden Age of Space Transportation(外部)
ホワイトハウス自身による要点整理。2026年4月のArtemis IIによる月周回飛行を、直近の実績として挙げている文書である。
New Record for FAA-Licensed Commercial Space Operations(外部)
2025会計年度のライセンス実績が過去最多となったことを伝えるFAAの発表。打ち上げと再突入それぞれの内訳と規模が確認できる。
Trump signs new national space policy to enable 1,000 US rocket launches per year(外部)
見出しで「1,000回の打ち上げ」と表現している例。原文のlaunches and reentriesとの差が読み比べで確認できる。
White House space policy directs agencies to send humans to Mars(外部)
第6節cの火星関連条項に焦点を当てた報道。商業による火星表面へのアクセスと、有人往還の検討という二つの論点を取り上げている


















