東北大学・京セラ、シリコンに直接作れる磁性ガーネット開発|AI時代の光通信を変える集積型アイソレーター

AIの進化を支えているのは、賢いモデルだけではありません。膨大なデータをやり取りするデータセンターの足元では、電気配線から光配線への置き換えが静かに進んでいます。その光通信に欠かせない小さな部品を、シリコンチップ上に直接、しかも高性能に作る——30年来できなかったこの難題に、東北大学と京セラの共同研究グループが答えを出しました。


東北大学と京セラ株式会社の共同研究グループは、2026年6月15日、シリコン基板上に直接成膜できる磁気光学材料「ナノコンポジット磁性ガーネット膜」を開発したと発表した。直径約10nmの酸化セリウム(CeO₂)ナノ粒子が、セリウム置換イットリウム鉄ガーネット(Ce:YIG)の単結晶状の母相中に分散した構造である。独自の「緩昇温結晶化プロセス」により、磁気光学の性能指数は従来の多結晶Ce:YIG膜の約4倍となる510°/dBに達した。

この材料を非対称マッハ・ツェンダー干渉計に実装し、シリコンチップ上にモノリシック集積した光アイソレーターを実証。波長1555nmで挿入損失4.4dB、アイソレーション比18.7dBを達成した。本成果は2026年6月12日、米国化学会発行の学術誌ACS Applied Optical Materialsに掲載され、ACS Editors’ Choiceに選ばれた。責任著者は東北大学電気通信研究所准教授の後藤太一である。

From: 文献リンクシリコンチップ上に直接作製できる「ナノコンポジット磁性ガーネット材料」を開発 ―よりシンプルで高性能な集積型光アイソレーターを実証、 AI時代の高速・安定な光通信へ貢献―

【編集部解説】

まず押さえておきたいのは、この成果が「材料の発明」であると同時に「製造プロセスの発明」でもあるという点です。今回の主役であるCe:YIG(セリウム置換イットリウム鉄ガーネット)は、光通信用の磁気光学材料として以前から知られていました。新しいのは、シリコン基板の上に直接、高性能な状態で作り込めるようにした「緩昇温結晶化プロセス」のほうです。材料そのものより、つくり方のブレイクスルーだと理解すると見通しがよくなります。

具体的には、アモルファス状態で成膜した膜を結晶化させる昇温時間を、従来の0.6分(25℃から800℃への急速昇温)から30分へと大幅に延ばしました。たったこれだけ、と思うかもしれませんが、この「ゆっくり熱する」ことが膜の質を決定づけたのです。

なぜそれが重要なのか。光アイソレーターは、光を一方向にだけ通し、レーザーへの戻り光を遮断する「逆流防止弁」のような部品です。これがないとレーザー光源が不安定になり、光回路全体が正しく動きません。ところが従来、最高性能の単結晶ガーネット膜はシリコン上に直接育てられず、別の基板で作ったものを貼り合わせる必要がありました。逆に直接成膜できる多結晶膜は性能が落ちる。この「性能を取るか、集積のしやすさを取るか」というジレンマが、1990年代から30年来の難問だったわけです。

今回の構造はそのジレンマに正面から答えています。直径約10nmの酸化セリウム(CeO₂)ナノ粒子が、単結晶状のCe:YIG母相のなかに分散する。研究グループはこの構造形成の鍵を「自己浄化メカニズム」だと考えています。母相が抱えきれない過剰なセリウムが熱処理の過程でCeO₂として外へ排出・析出し、結果として母相から組成のずれや酸素欠陥が取り除かれ、単結晶に迫る品質が得られるという解釈です。結果として磁気光学の性能指数は510°/dBに到達し、従来の多結晶膜のおよそ4倍となりました。ファラデー回転は−0.25°/µm(従来比約1.2倍)、光吸収は−4.9dB/cm(従来比約4分の1)という内訳です。

実デバイスとしての検証も済んでいます。この膜を非対称マッハ・ツェンダー干渉計に組み込み、シリコンチップ上にモノリシック集積した光アイソレーターを試作。波長1555nmで挿入損失4.4dB、アイソレーション比18.7dBを達成し、シードレイヤーなどの下地層を介する従来の集積型アイソレーターに匹敵する性能を、より単純な単一膜構造で実現しました。

ではなぜ「今」これが効いてくるのか。背景にあるのはAIデータセンターの爆発的な電力需要です。GPU同士をつなぐ電気配線は速度と消費電力の限界に近づきつつあり、その代替として注目されているのが、光で信号をやり取りするシリコンフォトニクスとCPO(コ・パッケージド・オプティクス、光電融合パッケージ)です。NVIDIAはCPO採用スイッチを2026年に商用展開する計画を公表しており、まさに光配線が「あれば便利」から「ないと回らない」へ移行する局面にあります。光アイソレーターは、レーザーへの戻り光を抑えて光回路の安定動作を支える重要部品であり、安価かつ大量に作れるプロセスへの適合が、実用化上の重要課題の一つとされてきました。

ポジティブな側面は明快です。貼り合わせ工程やシードレイヤーを省ける単純な構造は、製造コストと歩留まりの両面で量産に有利に働きます。東北大学と京セラという、研究機関と電子部品メーカーの組み合わせである点も、社会実装を見据えた布陣と読めます。一方で冷静に見るべき点もあります。今回はあくまで研究室レベルでの「実証」であり、研究グループ自身が次の課題として、ナノ粒子のサイズと分散の精密制御、熱膨張差に起因する膜の亀裂抑制、そして量産対応を挙げています。「大きな壁を乗り越えた」とは表現していますが、「完成した」とは言っていません。

長期的な視点では、この技術の射程は光アイソレーターにとどまりません。研究グループは、磁気光学スイッチ、磁気光学センサ、磁気フォトニック結晶、磁気光学イメージング素子といった、磁性ガーネット薄膜を用いる広範な光部品への展開を見込んでいます。地味な部品の製造プロセス改良に見えて、AI時代の通信インフラとエネルギー問題を足元から支えうる—そこにこのニュースを取り上げる意味があると、編集部は考えています。

【用語解説】

磁性ガーネット
鉄を主成分とする酸化物の結晶で、磁気によって光の振る舞いを変える性質をもつ材料。光通信用部品の中核を担う。なかでもCe:YIGはこの仲間の一つである。

ファラデー回転
磁化した物質の中を光が通るとき、その偏光の向きが回転する現象。回転の大きさが大きいほど、光アイソレーターを小さく作れる。

性能指数(FOM)
磁気光学材料の優劣を表す物差し。ファラデー回転の大きさを光の吸収(損失)で割った値で、大きいほど「よく効いて、かつ損失が少ない」優秀な材料を意味する。今回の510°/dBは従来比約4倍にあたる。

モノリシック集積
複数の部品を貼り合わせるのではなく、一枚のチップ上に一体で作り込む方式。工程が単純になり、量産やコスト面で有利になる。

シリコンフォトニクス
半導体のシリコン基板上に、光を使う回路(導波路やレーザーなど)を作り込む技術。電気配線の限界を超える次世代の通信手段として注目される。

CPO(コ・パッケージド・オプティクス)
光信号を電気に変換する部品を、スイッチや演算チップのすぐ隣に同じパッケージ内で配置する技術。電気配線を短くでき、消費電力と遅延を大きく減らせる。AIデータセンター向けに2026年から本格展開が始まりつつある。

スピントロニクス
電子の「電荷」だけでなく「スピン(磁気的性質)」も利用する電子技術。磁気と光・電気を組み合わせた新しい素子の土台となる。

【参考リンク】

東北大学 電気通信研究所(RIEC)(外部)
本研究を主導した研究機関。情報通信や電子材料に関する基礎研究を担う東北大学の附置研究所である。

後藤太一研究室(外部)
本論文の責任著者・後藤太一准教授の研究室サイト。磁気光学材料や光デバイスの研究内容を掲載している。

京セラ株式会社(外部)
本研究の共同研究先。ファインセラミックスや電子部品、半導体パッケージを手がける京都発の電子部品メーカーである。

論文(DOI: 10.1021/acsaom.6c00176)(外部)
今回の成果をまとめた原著論文。タイトルや著者、本文を直接確認できる。

【参考記事】

シリコンチップ上に直接作製できる「ナノコンポジット磁性ガーネット材料」を開発(東北大学 工学研究科)(外部)
1555nmで挿入損失4.4dB・アイソレーション比18.7dB等を明記した詳細版プレスリリース。

Tohoku University, Kyocera hit 18.7 dB silicon-chip isolator result(IBTimes JP)(外部)
18.7dBのアイソレーションをシードレイヤーなしで達成したと伝える英語記事。

Five Key Trends of Co-Packaged Optics (CPO) in 2026(Siemens)(外部)
光トランシーバ向けレーザー/PICの売上が2023年24億ドルから2029年59億ドルへ成長するとの予測を示すCPO動向記事。

Scaling AI Factories with Co-Packaged Optics for Better Power Efficiency(NVIDIA)(外部)
CPO採用システムを2026年に商用展開予定とし、消費電力を最大3.5倍効率化と説明する記事。

Where co-packaged optics (CPO) technology stands in 2026(EDN)(外部)
配線短縮でビットあたり消費電力を下げられるとし、CPOの現在地を整理した記事。

【編集部後記】

AIの話題というと、新しいモデルやサービスのほうにどうしても目が向きます。けれど今回調べていて印象に残ったのは、その足元を支えるのが「光の逆流を止める弁」という、普段まったく意識しない小さな部品だったことでした。しかも突破口になったのは、結晶化の昇温時間を0.6分から30分へ延ばすという、地味とも言える工夫です。

データセンターの電力問題が深刻化するなかで、材料とプロセスの地道な改良が、回り回ってAIの未来を左右している。そんな視点を持つと、テクノロジーニュースの読み方が少し変わるかもしれません。みなさんなら、AIを支える「縁の下の技術」と聞いて、ほかに何を思い浮かべるでしょうか。

Googleで優先するソースとして追加するボタン
投稿者アバター
TaTsu
『デジタルの窓口』代表。名前の通り、テクノロジーに関するあらゆる相談の”最初の窓口”になることが私の役割です。未来技術がもたらす「期待」と、情報セキュリティという「不安」の両方に寄り添い、誰もが安心して新しい一歩を踏み出せるような道しるべを発信します。 ブロックチェーンやスペーステクノロジーといったワクワクする未来の話から、サイバー攻撃から身を守る実践的な知識まで、幅広くカバー。ハイブリッド異業種交流会『クロストーク』のファウンダーとしての顔も持つ。未来を語り合う場を創っていきたいです。