電通「DNAマーケティング」開発、生成AIがブランドとコンテンツの親和性を根拠つきで発掘

「避けるべき組み合わせ」。電通が生成AIに組み込んだデータには、この項目が含まれています。成功事例だけでなく、現場でしか共有されてこなかった失敗の記憶まで構造化したということです。広告会社が最大の武器としてきた勘と経験は、これで他人に引き渡せるものになったのでしょうか。


株式会社電通は2026年7月27日、生成AIを活用した新マーケティング手法「DNAマーケティング」を開発したと発表した。名称は本質的な親和性を意味するDiscover Native Affinityに由来する。ブランド、コンテンツ、メディア、地域などの価値を、機能的価値、情緒的価値、体験価値、文化的背景といった共通の観点からDNAとして構造化し、多数の候補から親和性の高い組み合わせとその根拠を提示する。

特徴はDNA化、対象同士のマッチング、生活者と対象のマッチングの3点である。活用領域はブランド×ファン、スポーツ×企業、コンテンツ×メディア、地域×生活者の4領域。事例はコンテンツ企業のドラマ作品に適したテレビ番組枠の発見と、飲料メーカーのブランドに適したデジタル配信面の発見の2件で、いずれも企業名は非公表である。電通は今後、本手法をAI For Growth Suiteなどに組み込む。

From: 文献リンク電通、生成AIを活用した新マーケティング手法「DNAマーケティング」を開発

【編集部解説】

「このブランドには、この番組が合う」——広告の現場で長らく、この判断は勘と経験の領域にありました。ベテランのプロデューサーやプランナーが、無数の記憶と肌感覚から導き出す答え。電通自身も、候補の選定や評価が担当者の経験や既存カテゴリに依存しやすく、親和性の根拠を合理的に説明することは容易でなかったと述べています。

電通が今回発表した「DNAマーケティング」で注目すべきは、AIによるマッチングそのものではありません。広告会社の資産である「暗黙知」を、機械が読める構造に書き下ろしたという点にあります。

リリースには、過去のコラボレーション事例、成否を分けた特徴、そして「避けるべき組み合わせ」までをデータとして構造に組み込んだ、と明記されています。汎用AIと公開データだけでは再現できない——電通がそう主張する根拠は、まさにこの部分です。これまで個人に属していた判断基準が、組織として取り出せる形に近づいたと読むこともできるでしょう。ただし、組織資産化そのものはリリースが明言している内容ではなく、編集部による解釈です。

「共通のものさし」という発想

技術的に興味深いのは、ブランドもコンテンツも、スポーツチームも地域も、すべて同じ観点で記述するという設計思想です。

リリースが挙げるのは、機能的価値、情緒的価値、体験価値、文化的背景など。この「など」が何を含むのかは明かされていませんが、異なるカテゴリの対象を共通の評価枠組みで比較するという構造は一貫しています。

発想としては、大規模言語モデルが単語や文章をベクトルとして扱い、意味の近さを計算する方法と重なる部分があります。ただし、DNAマーケティングが埋め込みベクトルや距離関数を用いているかは公表されておらず、あくまで概念上の類似にとどまります。使用しているAIモデルやスコアの算出方法も明かされていません。

従来の候補選定では、「食品業界」「10代女性」といった既存カテゴリが判断軸として使われてきました。この手法は、そうしたカテゴリをまたいだ比較を可能にしようとしています

63日前に提供開始されたAI For Growth Suiteへの組み込み

タイミングにも注目すべき点があります。国内電通グループが統合AIプロダクトシリーズ「AI For Growth Suite」の提供を開始したのは、2026年5月25日のことでした。1億人規模のAIペルソナによる仮想定量調査を担う「People Research」、デプスインタビューを行う「Talk」、メディアプランニングを担う「Media Flow」など、業務工程ごとの専門AIツールをSaaSとして提供する構成です。

DNAマーケティングは、このAI For Growth Suiteなどへの組み込みが予定されています。両発表の間隔は63日。関連サービスの発表が短期間に続いていることは確認できますが、DNAマーケティングの実際の開発期間や、公式に定められた更新周期は公表されていません。

背景には経営上の事情もあります。電通グループの2025年12月期の親会社の所有者に帰属する当期損失は3,276億円。海外事業ののれん減損損失を通期で3,961億円計上したことが主因で、3期連続かつ過去最大の赤字となりました。一方、同社の有価証券報告書によれば、グループ売上総利益の約4割を占める日本は11四半期連続の成長を実現しており、日本セグメントの売上総利益は4,955億92百万円と前期比6.2%増。海外の立て直しが続くなか、国内事業の差別化要因を継続的に示す必要がある。財務状況から、そう推測することはできます。

生活者にとって何が変わるのか

読者のみなさんが日々目にする広告の側から見ると、この手法の位置づけは一つに定まりません。

コンテンツとブランドのように対象同士を突き合わせる用途は、閲覧者個人ではなく表示中の内容に応じて広告を出し分ける「コンテクスチュアル広告」に近い発想です。一方でリリースは、生活者の価値観・嗜好・心理的背景と対象の価値構造を照合する機能も掲げています。個人データを使うのか、使うとしてどう扱うのかは、今回の発表からは読み取れません。

なお、この領域を語る際の前提そのものが、すでに書き換わっています。Googleは2025年4月にChromeでのサードパーティCookieの一律廃止を見送ると表明し、同年10月には、TopicsやProtected Audienceなど主要APIの多くを廃止し段階的に削除する方針を発表しました。ChromeのサードパーティCookieが一律に廃止されるという前提は、もう現状と合っていません

ただし、他ブラウザの追跡防止策は続いています。Safariはサイト越えトラッキングを制限し、Firefoxは既知のクロスサイト追跡Cookieを遮断しつつその他のクロスサイトCookieを分離、BraveはクロスサイトCookieを標準で遮断しています。実装はそれぞれ異なりますが、追跡に依存しない配信設計の必要性が消えたわけではありません

日本市場の規模で言えば、2025年の総広告費は8兆623億円、うちインターネット広告費が4兆459億円で構成比50.2%と初めて過半数に達しました。その中核であるインターネット広告媒体費3兆3,093億円のうち、ビデオ広告は1兆275億円と初めて1兆円を突破しています。配信先の候補が増え続けるなかで、人手による選定の負荷が高まっていることは想像に難くありません。AIによる候補評価は、有力な選択肢の一つと言えます。

編集部が気にかけている二つの点

ひとつは、「本質的な親和性」という言葉の強さです。

DNAは遺伝情報を担い、世代を超えて受け継がれます。ただし配列は変異によって変化するものでもあり、不変ではありません。この手法での「DNA」は、対象を特徴づける基礎的な価値構造の比喩として使われています。

そのうえで気になるのは、ブランドの価値も作品の魅力も、時代とともに読み替えられていくという点です。ある組み合わせが「本質的に」相性が良いという判定は、その時点の文化的文脈に依存した近似値ではないか——編集部はそう捉えています。手法として有効であることと、判定が本質を捉えていることは、必ずしも同じではありません。

もうひとつは、同質化のリスクです。

広告史を振り返ると、誰もが納得する組み合わせではなく、意外な組み合わせから記憶に残る仕事が生まれてきた例がいくつもあります。親和性スコアの高い順に選び続けたとき、その「外し」の余地はどこに残るのか。業界全体が同種の評価軸を採用すれば、論理的に正しい配置ばかりが並ぶ均質な広告環境が生まれる可能性もあります。これはあくまで仮説であり、DNAマーケティングで実証されたものではありません。

この懸念は、AI活用一般の課題とも重なります。合成データやAIペルソナを用いた調査については、単純に「多様なペルソナを生成せよ」と指示するだけでは、出力がステレオタイプ的な反応の周辺に集中するという2026年のプレプリントが公表されています(同研究は改善手法もあわせて提案しています)。実務家の側にも慎重論があり、Rival Groupが2025年12月4日に公表したレポート「Market Research Trends 2026」では、調査実務者の42.75%が合成回答者の利用に「乗り気ではない」と答えています

検証可能性という宿題

今回のリリースは、複数企業との実証で有効性を確認したとしていますが、企業名は非公表、内容も一部加工、そして定量的な成果指標の記載はありません。守秘義務を考えれば当然の判断ですが、公開情報だけを用いて外部の第三者が有効性を独立検証することは、現時点ではできません。

一方で、リリースはコンテンツとメディアのマッチングについて、視聴率やリーチだけでなく、共感や関心といった中間指標の向上にも寄与するとしています。これは実測結果ではなく、期待される効果としての説明です。共感という捉えどころのないものを成果として掲げる以上、それが実際に生活者の側で起きたことをどう確かめるのかは、避けて通れない問いになります

AIが提示する「根拠」は、それ自体が説得力あるものとして受け取られる可能性があります。だからこそ、根拠が正しいかどうかを人間が検証する仕組みが重要になる。競合他社も同時多発的に動いており、博報堂は2025年11月25日にブランドに人格を与えてAIエージェント化する「Branded AI Agent」を開発、博報堂マーケティングシステムズは2026年3月10日にAI時代のブランドマネジメントサービス「AI Brand Management」の提供を開始しています。

勘と経験がブラックボックスだった時代から、AIの推論という新しいブラックボックスへ。移行そのものは前進です。ただし、箱の中身を覗ける窓をどれだけ用意できるかが、次の競争の焦点になる可能性があります

【関連記事】

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今回の活用領域「ブランド×ファンの発見」と直結する一本。ファンになるまでの体験を構造化する試みを扱っており、「ファンの内面」から「対象同士の関係」へと電通のAI戦略が広がった流れが見えてくる。

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今回の発表から3日違いで同じ電通グループが公表した生活者調査。手法をつくる側と、その手法が向き合う生活者の実態と。両方を並べると射程がつかみやすい。

電通・電通デジタル、人とAIの協働を探る5研究を人工知能学会で発表|創造性と評価の高度化
AI For Growthの系譜をたどった記事。本文で触れた「発表が短期間で続く」状況が、どのくらいの密度で積み上がってきたかを確認できる。

【編集部後記】

失敗事例をデータにする、という一行で手が止まりました。ある組み合わせが「うまくいかなかった」という判定は、多くの場合、その場にいた人の実感で下されます。何がどう外れたのかを数値で検証しないまま、避けるべき例として語り継がれることも珍しくないはずです。

十年前に外したとされる組み合わせが、いまの空気なら当たるかもしれない。学習した側に、その反転を疑う手立ては用意されているのでしょうか。


【用語解説】

DNAマーケティング(Discover Native Affinity)
電通が2026年7月27日に発表した手法の名称。「本質的な親和性を発見する」という意味の英語の頭文字を取ったもので、生物学のDNAとは直接の関係はない。異なる種類の対象を同じ枠組みで記述し、相性を評価することを指す。

機能的価値/情緒的価値/体験価値/文化的背景
DNAマーケティングが対象を分解する際に挙げられている観点。本記事では、機能的価値を性能や利便性、情緒的価値を抱かれる感情、体験価値を接触時に得られる実感、文化的背景をその対象が置かれた時代や社会の文脈として説明している。リリースはこれらを「など」として例示しており、各語の定義や、観点がこの4つに限られるかは公表されていない。

暗黙知
言葉にして他人へ引き渡すことが難しい、経験に根ざした知識のこと。ハンガリー系英国人の化学者・哲学者マイケル・ポランニーが提唱した概念で、「自転車の乗り方」がよく例に挙げられる。今回のリリースでは、広告制作の現場で蓄積されてきた判断基準を指している。

埋め込みベクトル
言葉や画像などの意味を数値の並びとして表現する技術。同じ空間に写像された対象どうしであれば、意味の近さを距離として計算できる。次元数はモデルによって異なり、多くの実装では数百から数千程度。大規模言語モデルを支える中核技術の一つである。

コンテクスチュアル広告
閲覧者個人の履歴ではなく、いま表示されているコンテンツの内容に応じて広告を出し分ける手法。プロファイリング型より規制対応がしやすいとされるが、配信や計測の仕組みによっては個人データの処理を伴う場合もあり、追跡が常にゼロというわけではない。

Privacy Sandbox
Googleが2019年に発表した、サードパーティCookieに代わる広告技術群の構想。2025年4月にChromeでのサードパーティCookieの一律廃止見送りが表明され、同年10月にはTopicsやProtected Audienceなど主要APIを廃止し段階的に削除する方針が発表された。CHIPSなど一部の技術は継続している。

中間指標
売上のような最終成果に至る途中段階で測る指標のこと。広告分野では認知率、想起率、好意度、共感などが該当する。最終成果だけでは施策の良し悪しを分解できないため、途中経過を捉える物差しとして用いられる。

のれん減損損失
企業を買収した際、取得対価が識別可能な純資産などを上回る部分を「のれん」として資産計上する。IAS 36ではのれんを毎年の減損テストの対象とし、回収可能価額が帳簿価額を下回る場合に損失を計上する。電通グループの2025年12月期の赤字は、これが主因である。

合成回答者(AIペルソナ)
実在の人間ではなく、AIが生成した仮想の回答者に調査へ答えさせる手法。消費者に限らず市民や従業員などの想定にも用いられる。調査コストと期間を圧縮できる一方、回答が典型的なパターンへ偏りやすいという指摘があり、評価は分かれている。

SaaS
Software as a Serviceの略。ソフトウェアを購入して自社に導入するのではなく、事業者が運用するものをネットワーク経由で利用する提供形態を指す。利用料の継続支払いが一般的だが、料金体系は定義上の要件ではない。

【参考リンク】

電通 AI For Growth(ラボ&プロジェクト)(外部)
国内電通グループのAI戦略の全体像をまとめたページ。戦略図と関連ソリューションの発表履歴が時系列で確認できる。

電通「AI For Growth 3.0」ニュースリリース(外部)
DNAマーケティングの組み込み先となる統合AIプロダクトシリーズの提供開始を告知したリリース。構成製品が詳述されている。

電通「2025年 日本の広告費」(外部)
総広告費8兆623億円、インターネット広告費の構成比50.2%という数値の出典。媒体別・業種別の内訳もあわせて公開されている。

電通「インターネット広告媒体費 詳細分析」(外部)
インターネット広告媒体費3兆3,093億円の内訳と、ビデオ広告が初めて1兆円を突破した経緯を掲載している。

電通「AI For Growth Talk」ニュースリリース(外部)
特化型AIペルソナの開発と対話型ソリューションの運用開始を告知したリリース。AIペルソナ活用の実態を知る手がかりになる。

電通デジタル「∞AI Chat」リブランディングのリリース(外部)
2026年4月1日発表。∞AI Chatの一部をAI For Growth Canvasへ改称し、10種のAIエージェントを提供する内容である。

電通総研「AI For Growth 3.0」プレスリリース(外部)
PSDCAモデル、Creative Thinking Model、People Modelといった基盤概念の定義を記載。グループ4社連名の発表である。

電通グループ 第177期 有価証券報告書(外部)
日本セグメントの売上総利益495,592百万円、前期比6.2%増、オーガニック成長率6.2%を記載した一次資料である。

電通グループ 第177回定時株主総会招集ご通知(外部)
当期損失3,276億円、3期連続の最終損失、日本がグループ売上総利益の約4割で11四半期連続成長という記載がある。

電通グループ「のれんの減損損失の計上に関するお知らせ」(外部)
米州2,308億円、EMEA793億円という減損の内訳と通期合計3,961億円を示した一次資料である。

Advertimes「電通がマーケティングAIを本格実装へ」(外部)
AI For Growth Suiteの提供価格帯と、1.0から3.0への戦略の変遷を整理した報道記事である。

博報堂「Branded AI Agent™」開発リリース(外部)
2025年11月25日の公式発表。ブランドに人格を与えAIエージェント化する方法論と、プロトタイプの事例を紹介している。

博報堂マーケティングシステムズ「AI Brand Management」(外部)
2026年3月10日の公式発表。AI上でブランドがどう語られるかを設計・監視する3つのアプローチを解説している。

Google「Next steps for Privacy Sandbox and tracking protections in Chrome」(外部)
2025年4月22日の公式発表。ChromeでのサードパーティCookie廃止を見送り、現行方式を維持すると表明した一次情報。

Privacy Sandbox feature status(外部)
各APIの現行ステータスを一覧できる公式ページ。廃止対象と継続対象がどう分かれているかを確認できる。

【参考記事】

Rival Group’s 2026 Market Research Trends Report(外部)
2025年12月4日公表。調査実務者の42.75%が合成回答者に消極的、46.2%がAI予算増を見込むなどの数値の一次情報である。

Persona Generators: Generating Diverse Synthetic Personas for Arbitrary Contexts(外部)
2026年のarXivプレプリント。単純な多様性指示ではステレオタイプ的応答に集中する問題を報告し、改善手法も提案する。

Assessing the Reliability of Persona-Conditioned LLMs as Synthetic Survey Respondents(外部)
世界価値観調査を基準にペルソナ条件付きLLMの回答信頼性を検証した論文。少数集団での歪みを主要な課題として報告する。

Synthetic Personas Are the New Normal of User Research(外部)
合成ペルソナの賛否を複数研究から整理した解説。肯定・否定双方の研究結果を並べており、論点の見取り図として使える。

Synthetic Respondents: When AI Mimics Your Customers(外部)
合成回答者を投資判断の文脈から検証。低リスク用途と重要判断での使い分けを論じ、実務家の慎重論の背景を掘り下げる。

Synthetic Respondents in Market Research: Risk or Reward?(外部)
英国の市場調査業界団体による論考。革新と見る立場と脅威と見る立場を並置し、真正性と倫理の観点から整理している。

How contextual targeting providers’ pitch has changed(外部)
GumGumやZefrなど事業者の訴求点の変遷を取材した2025年3月の記事。シグナル喪失やブランドセーフティへの移行を伝える。

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山本 達也
『デジタルの窓口』代表。名前の通り、テクノロジーに関するあらゆる相談の”最初の窓口”になることが私の役割です。未来技術がもたらす「期待」と、情報セキュリティという「不安」の両方に寄り添い、誰もが安心して新しい一歩を踏み出せるような道しるべを発信します。 ブロックチェーンやスペーステクノロジーといったワクワクする未来の話から、サイバー攻撃から身を守る実践的な知識まで、幅広くカバー。ハイブリッド異業種交流会『クロストーク』のファウンダーとしての顔も持つ。未来を語り合う場を創っていきたいです。