「弥生の記帳代行AI」β版が8月7日に始まりました。ただ、10日前の日付で施行された利用規約を読むと、生成AIが仕訳を作る「AI記帳サービス」と、弥生または委託先が取引データを入力する「証憑データ化サービス」が、同じサービス群に並んでいます。AI記帳だけの製品ではありません。
弥生は2026年8月7日、会計事務所向けの記帳ソリューション「弥生の記帳代行AI」β版の提供を開始した。弥生独自のLLMエンジンが証憑の自動分類から仕訳生成までを担い、「弥生会計 AE」と連携する。領収書や通帳など種別の異なる証憑を100枚アップロードしても数分で処理し、仕訳の納品に1営業日を要していた従来の「記帳代行支援サービス」に対し、数分で重複チェックが可能な状態に仕上げるとしている。
7月28日制定・施行の利用規約は、本サービスを「AI記帳サービス」「証憑データ化サービス」「弥生会計連携アプリ」で構成されるサービス群と規定した。β版は「弥生PAP」会員向けに無料で提供され、申込期間は9月14日まで。
正式版は2026年10月頃を予定し、価格は従来比20%以上の低下を見込む。
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生成AIを活用した「弥生の記帳代行AI」β版を提供開始

【編集部解説】
「記帳代行AI」の構成に、人の入力工程が含まれている
プレスリリースを読むかぎり、これは生成AIが記帳を担う新サービスです。ところが、その10日前にあたる7月28日に制定・施行された利用規約を開くと、少し違う姿が見えてきます。
規約の第3条は、このサービスが3つの要素で構成される「サービス群」だと定めています。生成AIが仕訳データを作る「AI記帳サービス」、弥生または弥生の選定する委託先が取引データを入力する「証憑データ化サービス」、そして仕訳を会計ソフトへ渡す「弥生会計連携アプリ」です。
つまり利用規約上の「弥生の記帳代行AI」は、AI記帳だけで構成されるサービスではありません。人が取引データを入力する工程も、正式な構成要素として規定されています。
これは条文上の飾りではありません。第12条は、有償プランの従量料金を「AI記帳サービス及び証憑データ化サービスの利用明細数等に応じて」課金すると定め、第13条も同じ2つを利用料金の算定基礎に挙げています。無料体験プランの条項でも、両者はそろって「従量料金対象サービス」と呼ばれています。人の入力工程は、料金体系にも組み込まれた正式なサービス要素です。
AIを冠した製品名の下で、人の工程が制度として位置づけられている。この構成こそが、今回の発表でいちばん語られていない部分です。
それでも、何が速くなるのか
リリースが打ち出す数字は明快です。証憑を100枚アップロードしても数分。従来の「記帳代行支援サービス」では仕訳の納品に1営業日を要していたところを、数分で重複チェックが可能な状態まで仕上げるとしています。
従来サービスの工程には、オペレーターが証憑画像を目視で入力しクロスチェックする人力作業が含まれています。ただし、1営業日のうち人力工程がどれだけを占めていたのかを、弥生は公表していません。処理が速くなるという事実と、その短縮分が何の削減によるものかという説明は、別のものです。
正式版で見込むという「従来比20%以上」の価格低下も同じで、値下げの原資やコスト構造は明かされていません。
約3週間で2本、しかも技術が違う
弥生が会計事務所向けに生成AIのβ版を出したのは、これが初めてではありません。7月16日に「ZEXT AIエージェント」β版、8月7日に「弥生の記帳代行AI」β版。その間、22日です。
興味深いのは、この2本で採用している技術が違うことです。ZEXT AIエージェントはClaude APIを使い、顧問先情報やタスク、活動履歴を横断して「今週期限のタスクを教えて」といった対話に応じます。一方の記帳代行AIは弥生独自のLLMエンジンで、証憑の分類と仕訳生成を担う。用途によって異なる技術を使っているわけですが、その選択の意図を弥生は説明していません。
ここで留意しておきたいのは、「独自のLLMエンジンだからデータが外に出ない」とは言えないという点です。同じ利用規約の第19条には、AI記帳サービスの提供にあたってGoogle Cloud Japan G.K.のサービスを利用し、必要な範囲でデータを送信または取り扱わせることがある、と書かれています。モデルの呼び方とデータの所在は、別の話です。
「プロンプトを書かなくていい」が意味すること
リリースが繰り返し強調するのは、プロンプト設計も運用も利用者には不要で、改善は弥生が継続して行うという点です。
ここで弥生が引き受けているのは、プロンプト設計と改善の運用負担です。精度の最終責任ではありません。利用規約の第4条は、生成結果に誤りや事実に基づかない内容が含まれ得ることを明示し、完全性や正確性を何ら保証しないと書いています。そのうえで、利用者は自己の責任と専門的な判断において利用し、生成結果をそのまま確定的な会計処理として採用せず、内容の完全性等を必ず検証するよう求めています。
同条はさらに、本サービスを「記帳代行業務の補助を目的とするもの」と位置づけています。
運用負担は弥生へ、検証責任は事務所へ。この線引きは、リリースが重複証憑の比較UIを特徴として挙げていることとも、規約が人による証憑データ化サービスを構成要素に残していることとも、整合します。確認工程が残る前提で設計されている。
4.2%が示していること
背景として引かれる4.2%という数字は、2025年10月に実施された弥生PAP会員向けの自社調査です。記帳業務に生成AIを活用している会計事務所の割合を指します。
弥生はAI活用の壁として、準備およびメンテナンスの負担を挙げています。取引内容は多岐にわたり、意図した仕訳とならないたびにプロンプト改善が必要で、ユーザーごとに精度が安定しない。
ただしこの数字は、収集から公表まで10か月近くが経っています。サンプル数も調査方法も公表されていません。現在の利用率を示す数字としては扱えません。
検証されていないこと
期待の大きい発表ですが、確認できていない点は正確に押さえておきます。
第一に、仕訳精度を示す数値がありません。リリースにあるのは「高精度」「複雑な取引パターンにも対応」という言葉だけです。既存の記帳代行支援サービスには証憑データ化の精度として99.9%との記載がありますが、これは証憑画像を取引データに変換する精度であって、仕訳の正解率ではありません。測定対象が違うため、新旧を並べて性能を比べることはできません。
第二に、「数分」の到達点は納品ではありません。リリースの表現は、数分で「重複チェックが可能な状態」へ仕上げる、です。100枚という前提にも「100枚程度を想定、サービスの稼働状況により異なる」との注記が付いています。
第三に、正式版の価格が公表されていません。β版では処理時間や確認工数の削減は測れますが、実価格が出ていない以上、有料導入後の費用対効果を確定することはできません。従来の記帳代行支援サービスが料金表と概算費用シミュレーションまで公開していることと比べると、比較の土台がまだない状態です。
第四に、β版はグローバル固定IPアドレスを必要とします。用意できない場合は提供できないことがあるとされ、正式版では制限しないと明記されています。参加のハードルにはなりますが、どのような事務所が参加しやすいのか、β版の参加者に偏りが生じるのかを示すデータはありません。
なお、電子帳簿保存法のスキャナ保存や電子取引の要件は、弥生自身が既存サービスの案内で注意喚起しているとおり、利用者側が満たすべき部分が残ります。
資料回収から面談資料まで
弥生はリリースの「今後の展望」に、4つの箱を並べた図を置いています。「資料回収 → 記帳(取込・仕訳)→ チェック(監査)→ 面談資料の作成」。うち色濃く塗られているのは最初の2つで、残りの2つは淡い色です。
この図の左端については、すでに動きがあります。弥生は2026年6月26日に「記帳代行支援サービス」とZEXTの連携を開始しました。ZEXTの資料回収機能で顧問先から集めた証憑を、既存の記帳代行支援サービスへ直接渡せるようになっています。ただし、新しいAI記帳サービスとZEXTの直接連携は、8月9日時点では発表されていません。
右側の2つはどうでしょうか。「面談資料の作成」は、7月に出したZEXT AIエージェントが現在提供している面談前の情報収集やレポート生成と重なります。同社はZEXT AIエージェントについて、正式版では「業務の自律的な実行」へ進化させる予定だとも述べています。一方で「チェック(監査)」との具体的な接続は、まだ発表されていません。
個別の機能としてではなく、事務所業務の入口から出口までを一続きに捉えた構造が描かれていることは、この図から読み取れます。
記帳の原価が下がったあとに残るもの
もう少し引いて見ます。
20%以上の低下が見込まれているのは、弥生が会計事務所へ提供するサービスの価格であって、事務所が顧問先から受け取る報酬ではありません。仕入原価が下がったぶんを利益率の改善に充てるのか、顧客料金の引き下げに回すのかは、各事務所の料金政策次第です。方向は自動的には決まりません。
確かなのは、規約が示した構成のほうです。AIによる記帳と人による入力が同じサービス群に規定され、検証責任は事務所に残る。AIが仕訳を作っても、それを確定的な会計処理として採用してよいかを判断するのは人であり、規約はそれを義務として書いています。
速さと安さが手に入っても、判断と責任は移動しない。弥生が製品名にAIを掲げながら人の入力工程を規約に残したのは、この当たり前を製品の設計として引き受けた結果のように見えます。派手ではありませんが、間違えてはいけない領域に生成AIを持ち込むときの、ひとつの答え方ではあるでしょう。
β版の申込期間は9月14日まで。正式版は10月頃。実際の仕訳精度がどの程度なのかは現時点の公表情報からは分からず、β版参加事務所の実データを通じて検証されることになります。
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【編集部後記】
利用規約の末尾には「2026年7月28日 制定・施行」とあります。プレスリリースの日付より10日前です。製品名にAIを掲げながら、第3条には弥生または委託先が取引データを入力するサービスが並記されている。
広報の言葉と契約の言葉とでは、伝えられる情報の粒度がまるで違います。導入の判断材料として、会計事務所が先に開くべきなのはどちらの文書でしょうか。
【用語解説】
LLM(大規模言語モデル)
大量の文章を学習し、文脈から次に来る言葉を確率的に選ぶAIモデル。弥生は「独自のLLMエンジン」により証憑の自動分類から仕訳生成までを行うと説明しているが、文字認識など各処理の技術構成は公表していない。
証憑(しょうひょう)
取引が実在したことを示す証拠書類。領収書、受取請求書、通帳、クレジットカード明細などを指す。
仕訳
取引を借方と貸方に分け、勘定科目を割り当てて帳簿に記録する作業。記帳業務の中核であり、決算書の元になる。
AI記帳サービス/証憑データ化サービス
「弥生の記帳代行AI」利用規約が定める構成要素。前者は生成AIが仕訳データを作成し、後者は弥生または委託先が取引データを入力して仕訳データを作成する。
弥生会計 AE
会計事務所専用の弥生会計。複数の顧問先とのデータの受け渡しや編集・保存などに対応し、利用には弥生PAPへの入会が必要となる。
β版
正式提供前の試用段階。利用者からのフィードバックを機能改善に反映させる目的で提供され、機能や条件が正式版と異なる場合がある。
グローバル固定IPアドレス
インターネット上で固定的に割り当てられる識別番号。通信事業者との契約で追加するオプションであることが多く、標準の回線契約には含まれないのが一般的である。
電子帳簿保存法
帳簿や証憑を電子データで保存する際の要件を定めた法律。スキャナ保存や電子取引には、保存する側が満たすべき要件が定められている。
Claude API
Anthropicが提供する大規模言語モデルをプログラムから呼び出す仕組み。自社でモデルを持たない事業者が生成AI機能を実装する際に利用される。
【参考リンク】
「弥生の記帳代行AI」利用規約(外部)
2026年7月28日制定・施行。本サービスがAI記帳と証憑データ化などで構成されること、生成結果の検証義務を定めている。
弥生株式会社(外部)
会計・給与・請求などの業務ソフト「弥生シリーズ」を開発・販売する企業。1978年創業で、登録ユーザー数は400万を超える。
記帳代行支援サービス(弥生PAP)(外部)
2020年開始の会計事務所向け有償サービス。証憑データ化は2名のオペレーターが目視で入力し、クロスチェックで99.9%の精度としている。
ZEXT(弥生PAP)(外部)
会計事務所向けのクラウド業務システム。顧問先情報やタスクを横断して扱うAIエージェントβ版を、2026年7月に搭載している。
弥生PAP(外部)
弥生と会計事務所・社労士事務所が組むパートナープログラム。正式名称は弥生プロフェッショナルアドバイザープログラムである。
言語処理学会 NLP2026 発表論文(PDF)(外部)
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【参考記事】
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