電子の動きをストロボのように捉える道具として使われてきたアト秒レーザーが、電子の状態を「変える」道具へと役割を広げようとしています。カギは、光をどこまで小さく絞り込めるか。光を小さく絞るほどピーク強度が高まるためです。理化学研究所の研究チームが、その集光を従来より一段進めた成果を報告しました。何が可能になり、何がまだ残っているのか。光の研究が人間の「目」を細かくしてきた歴史とあわせて、技術の中身から整理します。
理化学研究所(理研)がプレスリリースにて9月28日に発表した成果によると、パルス幅226アト秒のギガワット級アト秒レーザーが、水平460nm、鉛直360nm(半値全幅)まで集光された。理研は、アト秒レーザーのサブミクロン集光は世界初で、ピーク強度3.0×10¹⁵W/cm²はテーブルトップ型光源由来では世界最高値とする。この強度は、従来のテーブルトップ型光源によるアト秒レーザーの報告値の100倍以上という。
楕円面多層膜ミラー(基板の形状誤差は二乗平均平方根で0.892nm)と焦点位置の安定化を併用し、集光径の評価には中央値を用いた。ビーム転送の損失を減らせば2.6×10¹⁶W/cm²に達すると試算している。成果は9月23日付で『Ultrafast Science』オンライン版に掲載されたと理研は説明している。
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アト秒レーザーのサブミクロン集光を実現
【編集部解説】
2023年のノーベル賞が示した「電子の時間」
2023年10月3日、スウェーデン王立科学アカデミーは、ノーベル物理学賞をピエール・アゴスティーニ氏、フェレンツ・クラウス氏、アンヌ・ルイリエ氏の3人に贈ると発表しました。アト秒の長さの光パルスを生み出す実験手法が評価されたものです。
アト秒は10⁻¹⁸秒です。同アカデミーは、1秒の中に入るアト秒の数は、宇宙が誕生してから今日までの秒数と同じくらいだと説明しています。
今回の成果を読むうえで、先に整理しておきたい区別があります。2001年、アゴスティーニ氏は1つ250アト秒のパルスが連なる「パルス列」を、クラウス氏は650アト秒の「単発のパルス」を、それぞれ実現しました。理研が今回集光したのは、後者にあたる単発の孤立アト秒パルスです。単発のパルスは、繰り返しの閃光と違い、変化を時間順に追う計測に向くと、ジャーナル側の紹介記事は説明しています。
アト秒レーザーは、生み出すだけでなく「絞って届ける」
理研は2022年に、パルス幅226アト秒、ピーク出力1.1ギガワットのテーブルトップ型アト秒レーザーを開発しました。今回はその光を、水平460nm、鉛直360nmまで絞り込んでいます。
光の短さを、長さに置き換えてみます。1アト秒に光が進む距離は約0.3nmで、226アト秒なら約68nmです。光のパルスの長さが、当てる点の幅(460×360nm)より短い計算になります。
絞るのが難しい理由は、鏡にあります。研究チームの試算では、サブミクロン集光には鏡表面の局所的な高さのずれを数nm以下に抑える必要がありました。製作した楕円面ミラーの基板は、1mm四方の範囲で、ずれが二乗平均平方根0.892nmでした。さらに、焦点位置のわずかな揺らぎが集光径の評価をぶれさせるため、焦点位置を安定化し、評価には平均値でなく中央値を使っています。
アト秒レーザーを「持っている」ことと「使える」ことの間には、光学素子の精度、位置の安定、測定の信頼性という、地味で大きな溝があります。今回の成果はその溝を一段埋めたものだと、私たちは見ています。
光の研究が進むたび、人間の目は細かくなってきた
ここからは、編集部の見方です。光の研究の歴史は、人間が「見分けられるもの」の目盛りが細かくなってきた歴史でもあると考えます。
1905年、アインシュタインは、光が決まったエネルギーの塊でできていると考えて、光電効果を説明しました。この説明は、光が波であり粒子でもあるという考え方を確立するうえで重要だったとされます。同じ1905年には特殊相対性理論も発表され、物理法則がどの慣性系でも同じ形になるという原理と、光の速さが観測者によらず一定であるという原理が、出発点に置かれました。なお、アインシュタインのノーベル賞の受賞理由は光電効果の法則の発見で、相対性理論ではありません。
1919年には、英国の観測隊が日食の際に太陽のそばの星の光がどれだけ曲がるかを測り、一般相対性理論の予測を初めて観測で検証しました。太陽のほぼ真横にある星でも、見かけの位置のずれは2秒角に満たない小ささで、結果は予測におおむね合う程度でした。
光は、見るだけでなく運ぶ道具でもあります。1966年、チャールズ・カオ氏は、ごく純度の高いガラスなら光を100キロメートル以上伝えられると計算しました。当時の光ファイバーで伝えられたのは約20メートルでした。王立科学アカデミーは2009年の時点で、光ファイバーが電話やデータ通信のほぼすべてを運んでいると説明しています。同じ年の賞の残り半分は、光を像に変えるCCDセンサーに贈られました。
2023年には、見る対象が宇宙の星から原子の中の電子へ、時間の単位がアト秒へ移りました。道具は変わらず光です。天体の位置のわずかなずれから電子の動きの時間まで、人間が区別できる目盛りは、光の扱い方が進むたびに更新されてきたように見えます。
光の扱い方が深まる方向は、時間の短さだけではありません。理研の発表でも、2026年2月には光量子コンピュータの誤り耐性を理論的に証明したとする成果が、3月にはNTT・東京大学・OptQCとの共同研究による、導波路型光デバイスでのスクイーズド光の生成の成果が報告されています。光の「短さ」「強さ」「量子状態」と、別々の方向に、制御の精度が上がっています。
「観る」から「変える」へ――目の次は手か
ここで、一つ補足します。今回の成果は、光を細かく「観る」ための進歩というより、光を強く「当てる」ための進歩です。ピーク強度を上げるには光を小さく絞る必要があり、強い光を当てれば、電子の状態を「変える」研究に使えます。研究チームは、電子の動きを「観測する」だけでなく「変化させて利用する」研究へ、利用範囲が広がることを期待しています。
ただ、観ることと変えることは切り離せません。一方のパルスで電子の状態を変え、時間をずらした他方のパルスでその後を観る「アト秒ポンプ・アト秒プローブ計測」は、両方を必要とします。目が細かくなった先で、手も細かくなる。手が細かくなれば、変えた結果を目で確かめる必要も増えます。
まだ分かっていないこと
2.6×10¹⁶W/cm²は、ビーム転送の損失を減らせた場合の試算で、達成された値ではありません。気体が中心だったアト秒非線形光学を固体へ広げられるかも、ここから先の期待の段階です。
「世界初」の範囲にも、読み方の注意があります。ジャーナル側の紹介は、パルス列ではすでにサブミクロン集光が達成されており、今回は孤立アト秒パルスで、ビームサイズを定量的に検証した初の実験だとしています。理研の発表にある「アト秒レーザーとして世界初」は、この文脈で読むのが妥当だと考えます。
固体の中でアト秒の光が何を起こすのか、ポンプ・プローブ計測で何が見えるのか。それは、これからの実験の結果を待つことになります。見ることと変えることの境目が、どこまで細かくなっていくのか。私たちも、引き続き注目していきたいと思います。
【用語解説】
アト秒レーザー
アト秒(10⁻¹⁸秒)の桁の短い時間だけ光る、極短パルスのレーザー光。孤立アト秒パルスレーザー、単一アト秒パルスとも呼ばれる。本記事では、単発の孤立アト秒パルスを指す。
孤立アト秒パルス/アト秒パルス列
孤立アト秒パルスは単発の閃光、パルス列は閃光が繰り返し連なったもの。前者は変化を時間順に追う計測に向く。
テーブルトップ型光源
大規模な加速器施設を使わず、研究室の光学テーブルの上で組み上げて運用できる小型の光源。


















