【解説】そのST_Area、東京で1.5倍|Webメルカトルの罠

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国連総会が世界地図の図法をめぐる決議を採択しました。ただ、Web地図の座標系には、決議とは無関係にもっと具体的な問題があります。座標系の台帳であるEPSG登録簿は、Webメルカトルを「測地系として認められていない」と自ら注記しています。測るためのものではない座標系の上に、いま何が乗っているのかを見ていきます。


国連総会は2026年9月4日、決議A/80/L.104「Correct the map」を賛成164、反対1、棄権6で採択した。トーゴがアフリカ・グループを代表して提出し、アフリカ連合が支持した。決議は政府、学校、国際機関、テクノロジー企業に対し、大陸の相対的な大きさが問題になる場面で、2018年に公開されたイコールアース図法などの正積図法を用いるよう促す。メルカトル図法の使用を禁じるものではなく、法的拘束力もない。

平面の地図が球面を完全には表せないという限界を教えることも求めている。反対は米国のみ、棄権はエストニア、ジョージア、リトアニア、モルドバ、セルビア、ウクライナの6カ国で、日本も賛成したと報じられている。フランス外務省は採決前、公式の世界地図をエケルトIV図法へ移す方針を示した。

決議はテック企業に呼びかけた。ただし航法は除外されている

まず、この決議が技術に何を求めていないかを確認しておきます。呼びかけの相手には政府や学校と並んでテクノロジー企業が入っていますが、対象は「大陸の相対的な大きさが問題になる場面」に限られます。トーゴ外務省は、海上・航空航法におけるメルカトル図法の使用にはいっさい異を唱えないと述べています。

つまり、経路案内やカーナビ、配送の経路計算を、この決議に合わせて変える必要はありません。ただし地図アプリのなかでも、世界全体を一枚に収めて見せる画面は、これとは別に考える必要があります。そして、メルカトル系の座標系がいま実害を出している場所は、決議が名指しした場所とはさらに別のところにあります。

EPSG登録簿は、Webメルカトルを「測地系ではない」と書いている

主要なWeb地図の多くが基盤にしているのは、正確にはメルカトル図法ではなく、Webメルカトル(EPSG:3857)です。Googleが2005年に採用して以降、事実上の標準になりました。地球を完全な球とみなして計算を簡略化し、南北緯およそ85.06度で切って正方形に収めます。

注目したいのは、座標系の台帳であるEPSG登録簿が、この座標系に自ら付けている注記です。用途は「Web地図と可視化」。備考には、測地系として認められていないこと、楕円体の座標を球体の式で展開していること、そして正規のWGS 84 / World Mercator(EPSG:3395)に対して縮尺で0.7%、南北方向で地図上最大43km(地上換算21km)の差が出ることが記されています。

世界でもっとも使われている地図の座標系について、台帳の側が「これは測るためのものではない」と最初から書いているわけです。

実害1:面積と距離を、そのまま3857で測ってしまう

Webメルカトルの座標は単位がメートルです。そのため、PostGISのST_Areaも、GeoPandasのareaも、EPSG:3857のデータに対してエラーを出さずに数値を返します。

返ってくる面積は、緯度に応じて1/cos²倍に膨らんでいます。シンガポール(北緯1.3度)でおよそ1.00倍、東京(35.7度)で約1.51倍、ロンドン(51.5度)で約2.58倍、ヘルシンキ(60.2度)で約4.04倍。

商圏の面積、農地の作付面積、浸水範囲、伐採面積。東京の案件で5割増、北欧の案件で4倍の数字が、警告なしに出力されます。しかも見た目は正しいメートル単位の数字なので、下流の計算までそのまま通っていきます。

対処は難しくありません。面積を出す前に、目的に合う投影系へ再投影する。PostGISであればgeography型を使う。世界規模で面積を比べるならEPSG:8857や6933といった正積系が候補になりますし、対象が日本国内の狭い範囲に収まるなら、平面直角座標系のように地域に適した投影系でも、面積の誤差は実務上ごく小さく収まります。これは決議とは無関係に、いま直せるものです。

実害2:世界の色分け図で、正積が既定になっていない

面積の大小がそのまま量の大小として読まれる図、たとえば面積あたりの密度を塗り分けるコロプレス(色分け図)やドット密度図では、正積図法が有力な選択肢になります。塗りの色が正しい面積から計算されていても、Webメルカトルのキャンバスの上ではカナダやロシアやグリーンランドが画面を占め、色と形が別々のことを語り始めます。比例シンボル図も含め、最適な図法は図の目的によって変わりますが、面積を読ませる図でメルカトル系を既定にしておく理由は多くありません。

ところが、標準の投影メニューに、その選択肢が並んでいないことがあります。

Power BIのShape Map(プレビュー機能)で選べる標準の投影はEquirectangular、Mercator、Orthographicの3つで、このなかに正積図法はありません。ただしShape MapはカスタムのTopoJSONを読み込めるため、あらかじめ目的の図法で描いた地図を持ち込む道は残されています。Tableauでも、世界主題図を別の図法で描くために、目的の図法で描いた座標をWebメルカトルとして読ませるという迂回策が、2021年から2022年ごろにかけて実務者のあいだで共有されてきました。

どちらも、いったん外側で図法を決めてから持ち込むという形です。特定の製品の話というより、Web地図のスタックを土台にした可視化ツールが、まだ通っていない道だと思います。決議が実際に何かを動かすとすれば、ここだと考えています。

実害3:衛星画像AIの学習データに入り込む緯度バイアス

そして、いちばん見えにくく、いちばん長く効いてくるのが次の点です。

同じズームでも、1ピクセルの地上距離は変わる

XYZタイルで衛星画像を集めると、同じズームレベルでも、1ピクセルが地上で覆う距離は緯度の余弦に比例して縮みます。ズーム18でいえば、赤道でおよそ0.60メートル、北緯35度で約0.49メートル、北緯60度で約0.30メートル。

つまり「256×256ピクセルのタイル」は、緯度によって別の縮尺の画像です。高緯度のタイルは実質的に寄りの絵で、赤道付近のタイルは引きの絵になっています。学習データの供給が北米・欧州に偏りやすいことを思えば、高緯度の寄った画像でスケール感を身につけたモデルが、赤道付近の引いた画像に出会う、という構図が生まれます。

Metaの論文が入れた、明示的な補正

これは机上の懸念ではありません。Metaと、その研究部門であるFAIR、World Resources Instituteなどの研究者らが発表した高解像度の樹冠高マップの論文は、この点を正面から扱っています。入力に使ったMaxarの画像はEPSG:3857でBingのタイル方式に格納されており、ズーム15のタイルは2048×2048ピクセル、赤道での画素サイズは0.597メートルでした。

論文は、切り出した画像の寸法が緯度によって変わってしまうため、地上で152.7メートル四方の箱を取り、それを256×256ピクセルへ再サンプリングしたと述べています。理由も明記されています。すべての緯度で画素サイズを揃え、画素サイズの変動が持ち込みかねない緯度バイアスを防ぐためです。

気づいたチームは、これを明示的な工程として組み込んでいます。逆にいえば、タイルをそのまま学習データに使うだけでは、緯度による画素サイズの変動は自動的には解消されません。必要であれば、前処理として補正を書き足すことになります。

同じ論文は、地理的な偏りが一層では終わらないことも示しています。教師データに使った航空LiDARが米国に偏っているため、全球を覆う宇宙観測LiDAR(GEDI)で学習した別のモデルから空間的な補正係数マップを作り、予測を再スケーリングする後処理を組んでいます。投影法による偏り、観測の偏り、教師データの偏り。地理空間AIでは、これらが層になって積み上がります。

決議が動かすのは、座標系ではなく既定値を疑う理由

ここまでの3点は、いずれも決議とは無関係に成立していた問題です。では決議に意味がないかというと、そうではないと思います。決議が配ったのは新しい座標系ではなく、「その地図は誰が選んだのか」と問い直す口実のほうです。

フランス外務省は採決の数時間前、公式に用いる世界地図をメルカトル図法から1906年考案のエケルトIV図法へ移す方針を示しました。決議が名前を挙げたイコールアース図法ではありません。しかも同省がメルカトル図法の使用を減らし始めたのは2021年で、今回の発表は、5年かけて進んでいた作業に名前が付いたという順番でした。決議が単一の図法を押しつけるものではないことを、共同提案国であるフランス自身が実演した形になります。

棄権理由が突いた、図法とデータの切り分け

もうひとつ、技術の側が記録しておく価値のある論点が、棄権の理由にありました。

ウクライナは、アフリカなどの歪みを正す取り組みには賛同すると述べたうえで、イコールアース図法を使った一部の地図が、ロシアに占領されている自国の領土を受け入れがたい形で描いていると指摘しました。EUを代表したアイルランドも、本決議の射程は教育・啓発・地理リテラシーに厳密に限られ、主権や領土的地位、国境には触れも影響もしないと述べ、イコールアース図法の公式サイトに掲載されている地図を承認するものではないと付け加えています。

図法は座標変換の数式であり、国境線はその上に載るデータです。EPSG:8857は「どこに線を引くか」については何も語りません。それでも、特定の図法を名指しで推奨すれば、その名前とともに公開されている地図まで承認されたかのように使われる余地が生まれます。ウクライナとEUが求めたのは、この2つを明示的に分離する安全装置でした。国際機関が技術規格を名指しで推奨するとき何が論点になるのか、その実例として残ります。

いま見に行く価値のある、3つの場所

決議に法的拘束力はありません。教室に貼られた地図が、明日から変わるわけでもないでしょう。

それでも、この決議をきっかけに見に行く価値のある場所が、手元にいくつかあります。面積を出しているコードは、どの座標系で計算しているか。世界地図のダッシュボードは、面積の大小を色の大小と一緒に語ってしまっていないか。タイルから作った学習データは、緯度による画素サイズの変動を補正しているか。

いずれも、誰かに指示されて選んだ覚えのない既定値です。今回の決議が世界に配ったのは、新しい地図というより、その既定値を一度だけ疑ってみる理由のほうだと思います。

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【編集部後記】

EPSG:3857には、900913という前身の番号があります。2007年、OpenLayersのクリストファー・シュミット氏が「Google Projection」を指すものとして持ち出した非公式のコードで、EPSG側が番号を割り当てたのは翌年でした。

世界でいちばん使われる座標系は、標準化機関が定めたのではなく、実装が先に走り、あとから番号が追いついた。備考欄の「測地系として認められていない」の一文に、その順番が残っています。3857と書くとき、それが表示用の番号だったことを思い出したい。


【用語解説】

Webメルカトル(EPSG:3857)
主要なWeb地図がタイル表示に用いる座標参照系。メルカトル図法をもとに、地球を完全な球とみなして計算を簡略化したもの。南北緯およそ85.06度で切り、世界を正方形に収める。EPSG登録簿は用途を「Web地図と可視化」とし、測地系として認められていない旨を備考に記している。

EPSG
世界中の座標参照系に通し番号を振った台帳。もとは欧州石油調査グループが整備し、現在は国際石油・ガス生産者協会の測地小委員会が管理する。番号ひとつで座標系を一意に指定できる。

測地系
地球の形と大きさをどう定め、その上の位置をどう表すかを決めた体系。測量の基準となるもので、位置や距離、面積の精度はこれに依存する。

メルカトル図法
1569年にゲラルドゥス・メルカトルが航海用に考案した正角円筒図法。等角航路が直線になるため航路の作図に適する一方、赤道から離れるほど面積が拡大して描かれる。

正積図法
地球上の面積と地図上の面積の比が、どの地点でも等しくなる図法の総称。面積の比較を目的とする図に用いられる。形や角度、距離は歪む。

イコールアース図法
2018年に公開された正積擬円筒図法。ボヤン・シャヴリッチ、トム・パターソン、ベルンハルト・ジェニーの3氏が共同開発した。EPSGコードは中心経度ごとに8857、8858、8859が割り当てられている。

エケルトIV図法
1906年にマックス・エケルトが考案した正積擬円筒図法。フランス外務省が公式の世界地図に採用する方針を示している。

平面直角座標系
日本国内の測量で用いられる投影座標系。全国を19の系に分け、それぞれで横メルカトル図法を適用する。正積図法ではないが、狭い範囲であれば面積の誤差は実務上ごく小さい。

コロプレス(色分け図)
地域ごとの統計値を、面の塗り分けで表現する主題図。人口密度や発生率など、面積あたりの密度を扱う場合が多い。

ドット密度図
一定の値を1つの点に対応させ、点の散らばりで分布を表現する主題図。

比例シンボル図
円などの記号の大きさを値に比例させて表現する主題図。

XYZタイル
Web地図で標準的に使われるタイルの指定方式。ズームレベルと縦横の番号で1枚を特定し、スラッシュ区切りのパスで取得する。

geography型
PostGISが備えるデータ型のひとつ。座標を平面ではなく回転楕円体上の緯度経度として扱い、距離や面積を測地線に沿って計算する。

GEDI
国際宇宙ステーションに搭載されたレーザー高度計。地表と樹冠の高さを全球規模で観測する。

樹冠高マップ
森林の樹冠がどれだけの高さにあるかを面的に表した地図。バイオマスや炭素蓄積量の推定に用いられる。

アフリカ・グループ
国連におけるアフリカ54カ国の地域グループ。決議案の提出や交渉を、グループを代表する国が担うことがある。

【参考リンク】

UN tells the world: Stop making Africa look small|UN News(外部)
国連広報による報道。決議の内容と投票結果に加え、ウクライナとEUの立場までを一本でまとめている。

EPSG:3857|epsg.io(外部)
Webメルカトルの定義ページ。用途は「Web地図と可視化」とされ、備考に測地系として認められていない旨が記されている。

EPSG:8857|epsg.io(外部)
EPSG:8857(WGS 84 / Equal Earth Greenwich)の定義。WKTやPROJ文字列をそのまま取得できる。

PROJ ドキュメント|Equal Earth(外部)
座標変換のオープンソース基盤PROJの解説。Equal Earthの実装仕様と、2018年の原論文の書誌が載っている。

Equal Earth Projection(外部)
イコールアース図法の開発者による公式サイト。設計思想、図法の性質、JavaScript実装の配布までをまとめている。

Create shape map visualizations in Power BI Desktop(外部)
Power BI公式ドキュメント。Shape Map(プレビュー機能)で選べる投影3種と、カスタム地図の読み込み手順が載る。

Very high resolution canopy height maps from RGB imagery(外部)
本文で挙げた樹冠高マップの論文。緯度による画素サイズの変動をどう処理したかが、2.3.1節に書かれている。

Introduction to PostGIS|Geography(外部)
PostGIS公式チュートリアル。geometry型とgeography型の使い分けと、範囲に応じた投影の選び方を解説する。

Correct the Map|Speak Up Africa(外部)
Speak Up AfricaとAfrica No Filterによるキャンペーンの公式ページ。要求の内容と、これまでの経緯が読める。

【参考記事】

General Assembly Adopts Text to ‘Correct the Map’, among Others Proclaiming Decade of Culture for Sustainable Development, Child Marriage Elimination Day(外部)
決議A/80/L.104の採択記録。投票内訳と、EUを代表したアイルランドの発言を掲載している。

Paris drops Mercator projection: France now looks smaller on world maps(外部)
フランス外務省のエケルトIV図法採用と、2021年から段階的に進めていた経緯を伝えている。

France to abandon ‘distorted’ Mercator map projection: minister(外部)
AFP配信。バロ外相の発言と、フランスが決議の共同提案国であることを記載している。

Map projections: a practical guide to common mistakes and how to fix them(外部)
投影法の選び方を実務の観点で整理。面積に依存する可視化に何が要るかを示している。

Alternative Map Projections in Tableau(外部)
Tableauで別の図法を使うための手法を解説。標準がWebメルカトルである前提を説明している。

Making a global projected country polygon map layer for Tableau(外部)
ロビンソン図法の世界主題図をTableauで描くための迂回策を、実装手順つきで公開している。

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山本 達也 代表社員
合同会社デジタルの窓口 代表。ウェブ解析士。生成AI・サイバーセキュリティ・ 宇宙開発領域を中心に執筆。

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