スマートフォンが手の延長だったとすれば、スマートグラスは目の延長です。その小さな差が、次のプラットフォーム覇権を決める戦場になろうとしています。13年前の失敗を背負ったGoogleが、Android XRを携えて帰ってきます。明日のGoogle I/O 2026は、その帰還の号砲です。
アイキャッチ画像は公式サイトより引用
【Android XRに至るまで——Googleの3年】
スマートグラスをめぐるGoogleの足取りは、最初から平坦ではありませんでした。
2013年、Googleは初代Google Glassで一度市場に挑み、失敗しています。カメラ付きアイウェアへの社会的反発、見せびらかし感、何のためのデバイスかという根本的な疑問——それらは「Glasshole」(Glass+asshole)という蔑称に集約され、Googleは一般消費者市場から撤退しました。
転機は2024年5月のGoogle I/O 2024でした。DeepMindのDemis Hassabisが「Project Astra」のデモでHUD搭載のスマートグラスを披露し、「新しいエキサイティングなフォームファクター」を示唆します。次世代AIアシスタントを「眼鏡」というUIに収めるビジョンが、コンセプトとして再浮上した瞬間です。
そして2025年5月のI/O 2025で、GoogleはAndroid XRプラットフォームを公の場に持ち出しました。Android XR搭載スマートグラスのティザー映像が公開され、同時にWarby Parker、Gentle Monster、そしてKering Eyewearとのパートナーシップが発表されます。Samsungとの共同開発ヘッドセット「Project Moohan」は同年10月に韓国で先行発売され、Android XRが現実のハードウェアとして市場に降りた最初の事例となりました。
2025年12月、GoogleはAndroid XRスマートグラスの2026年発売を正式に確認しました。2026年1月、Hassabisはダボス会議でスマートフォンよりもAI体験に適した場面があり、将来的にスマートグラスがスマートフォンを代替しうるとの見方を示しています。そして同年5月12日、前哨戦となる「Android Show: I/O Edition」で4つのパートナーラインナップが公開されました。
明日のI/O 2026は、この3年の蓄積を一つのキーノートに収束させる場になります。
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【Androidの再演という賭け】
これは、かつてAndroidがスマートフォン市場で取った手の、再演です。OSを多様なパートナーに開放しながら、自社製のリファレンス機も並走させる——スマートフォン市場でPixelが果たしてきた役割を、Googleはスマートグラスでも再現しようとしています。報道によれば、Google自身も「Gemini Audio Frames」と「Gemini Display Edition」という2つの第一者プロダクトラインを開発中とされ、これに4つのパートナーOEMが加わる構造です。Samsung、LG、Sony——多様なメーカーを束ねてiPhoneと対峙したように、今度はEssilorLuxotticaを抱え込んだMetaに、自社製とパートナー製の二面作戦で挑みます。次のコンピューティングプラットフォームの覇権が顔の上で決まるという前提に賭けるなら、まずOSを握る側に回らなくてはなりません。
Android XRグラスは2つのティアで設計されています。第一ティアはディスプレイなしのAIグラスで、カメラ・マイク・スピーカーを備え、Geminiと音声で対話します。Ray-Ban Metaへの直接の回答です。第二ティアはディスプレイ搭載モデルで、視界にナビゲーションやリアルタイム翻訳を重ねます。後者の発売時期は、明日のキーノートで示されるかどうかまだ確認されていません。
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【4つのパートナーが描く陣形】
Googleが束ねた4社は、市場の異なる層を分担します。
Samsung Galaxy Glasses(コードネーム「Jinju」)は量産の主軸です。リーク情報によれば、Qualcomm Snapdragon AR1チップ、12メガピクセルのSony IMX681カメラ、重量約50グラムというスペック。価格は379〜499ドルとされ、音声AIグラスとして今年中の発売が見込まれています。innovaTopiaが先日報じたとおり、正式お披露目の場は7月22日のGalaxy Unpacked(ロンドン開催)が有力視されています。
XREALのProject Auraは技術フロンティアを担います。70度の視野角を持つ光学シースルー型で、外部処理ユニットと組み合わせる構成です。2026年1月のCESでイノベーション賞を受賞しており、年内の発売を目指しています。ディスプレイなしの簡易AIグラスとは対極にある、本格的な空間コンピューティングデバイスです。
そしてファッションの軸が、Warby ParkerとGentle Monsterです。Warby ParkerはD2Cアイウェアで処方箋レンズに強く、Googleから投資コミットメントを受けています。Gentle Monsterは韓国発のアバンギャルドブランドで、アジアの若年富裕層にリーチします。さらに2027年にはKeringグループ傘下のGucciが参入予定で、ラグジュアリーセグメントを埋めにきます。
横目で動くのはAppleとMetaです。Bloombergの報道によれば、Appleは2026年後半にスマートグラスを発表し、2027年初頭に発売を開始する計画とされ、Siriとカメラ統合を主軸にすると見られています。Metaは9月のMeta Connect 2026でRay-Ban系の新スマートグラスないしAI機能アップデートを披露する可能性があります。年内に主要プレイヤーのカードが出揃う——それが2026年というタイミングの意味です。
【Metaの82%、という壁】
Googleが挑もうとしているのは、すでに勝ち始めている誰かです。
EssilorLuxotticaが2026年2月に公表したところによれば、2025年通年のRay-BanおよびOakleyスマートグラスの販売台数は700万台を超えました。2023年10月の初代Ray-Ban Meta発売以来の累計出荷は約900万台に達します。Counterpoint Researchの推計では、2025年下半期のスマートグラス市場におけるMetaのシェアは約82%に達しています。
Metaの強さの源泉は、EssilorLuxotticaとの垂直統合です。Ray-Ban、Oakley、Oliver Peoples——自社保有ブランドに加え、世界18,000超の直営店網を持ちます。2025年7月、Metaは同社に30億ユーロを出資し、約3%の株式を取得しました。資本同盟にまで踏み込んだ長期戦略です。
Googleの賭けは、その対極を行きます。一社のブランドに深く張るのではなく、自社製の旗艦機(Gemini Glasses)と複数のパートナー製品を並走させます。スマートフォン市場でPixelとAndroid搭載機が両輪となったのと同じ構造です。ただし、同じ手が同じように効くかどうかは別の問いです。スマートフォン時代のAndroidは「安価で多様」を旗印にiPhoneを押し戻しましたが、スマートグラスにおいてGalaxy Glassesの500ドル弱という想定価格はすでにRay-Ban Metaの上限価格と重なっています。分散戦略が「コモディティ化」ではなく「断片化」に転ぶ可能性は、十分にあります。
【明日、何が露わになるか】
I/O 2026のキーノートは太平洋夏時間5月19日午前10時——日本時間20日午前2時に始まります。
私たちが目を凝らすべき瞬間は3つに絞れます。実機を使ったハンズオンデモが行われるか。Gemini Intelligenceとグラスの統合タイムラインがどこまで具体的に示されるか。そしてプライバシーへの言及があるか、ないか。それぞれが、Googleがこのプロジェクトをどこまで「本物」として走らせるつもりかの指標になります。
13年前の失敗を背負ったGoogleが、今度はAndroid戦略を武器に戻ってきます。自社製のリファレンス機でハードウェアの旗印を立てつつ、Android XRをパートナーに開放して市場を広げる——PixelとAndroid搭載機の関係を、顔の上で再現する構図です。Androidという手の再演がスマートグラスでも通用するのか——その答え合わせが、明日始まります。












