SPUNが菌根菌の世界地図を初公開、地下に「太陽までの距離の約10億倍」のネットワーク

2026年6月11日、国際研究チームが、アーバスキュラー菌根菌(AM菌)ネットワークの分布と質量を推定した世界初のグローバルマップを『Science』に発表した。発表組織はSociety for the Protection of Underground Networks(SPUN)である。

地球の表土には菌糸からなるAM菌ネットワークが約11京キロメートル存在し、これは地球から太陽までの距離の約10億倍にあたる。AM菌は植物種の約70%と共生し、年間約40億トンのCO2eを土壌へ運ぶ。これは人間に関連するCO2排出量の11%に相当する。草原生態系に全体の約40%が存在する一方、大規模耕作地では密度が約50%低いと予測された。

研究チームは16,000本超の土壌コアと、AMOLFで撮影した30万本超の菌糸データを機械学習モデルに用いた。筆頭著者はジャスティン・スチュワート博士、SPUNのエグゼクティブ・ディレクターはトビー・キアーズ博士である。

From: 文献リンクOne billion times the distance from the Earth to the sun: First global map of mycorrhizal fungi reveals true scale of underground networks across the planet

【編集部解説】

まず「アーバスキュラー菌根菌(AM菌)」という耳慣れない主役について、補助線を引いておきます。これは植物の根の細胞内部にまで入り込んで共生する菌類で、地球上の植物のおよそ7割と「炭素と養分の物々交換」を行う、いわば生態系の流通インフラです。今回の研究の新しさは、この菌そのものの発見ではなく、「世界のどこに、どれだけの密度で存在するのか」を初めて地図化した点にあります。

注目したいのは、これが「発見」ではなく「測量」のプロジェクトだということです。16,669本もの土壌コアという地道なサンプリングに、未踏査地域を埋める機械学習、そして実験室の生きた菌糸30万本超をロボット(研究チームは「Prince」と名付けています)で撮影する高解像度イメージング。地味な生物学が、データサイエンスとロボティクスによって惑星スケールの可視化に到達しました。innovaTopia がこのニュースを取り上げる理由も、まさにこの「不可視の自然を、技術が初めてインフラとして地図に載せた」という転換点にあります。

この地図が開くのは、政策と保全の解像度です。研究チームは1km²単位の推定データを政府や意思決定者に公開しており、これは「どこを守れば地下生態系を効率よく保全できるか」を議論する共通の土台になります。過去のSPUNの研究では、AM菌の生物多様性ホットスポットの95%が保護区域の外にあると指摘されています。守るべき場所が、初めて座標として見えてきたわけです。

一方で、数字の受け取り方には冷静さも必要です。プレスリリースは「年間約40億トンのCO2eを土壌へ運ぶ=人為的CO2排出の11%相当」と表現していますが、これは「土壌へ運び込む量」であって、「永久に固定(貯留)される量」とイコールではありません。運ばれた炭素の一部は呼吸によって再び大気へ戻ります。菌根菌を安易な「カーボンクレジットの打ち出の小槌」と見なすのは、現時点では早計だと考えます。

研究者自身がこの抑制的な姿勢を示している点も見逃せません。バイオマス(質量)は全人類のおよそ5倍と推定されましたが、これは多くの研究者の予想より少なく、チームは「ゼロを数え間違えていないか」と数週間も再計算したといいます。期待を煽るのではなく、想定を下回った値も率直に公表する。この誠実さは、ハンドブックの掲げる「正確性」と響き合います。

長期的な視点では、この研究は「食料安全保障」と直結します。大規模耕作地ではネットワーク密度が約半分に落ちると予測されており、しかも草原は森林の4倍の速さで農地へ転換されているとされます。地下のインフラを痩せさせながら地上の収穫を求める構図は、長い目で見れば土壌の体力を削りかねません。農法と菌根菌の健全性の因果はまだ研究途上ですが、再生農業や土壌管理を考えるうえで、この地図は重要な物差しになるでしょう。

最後に、この研究の最大の誠実さは「わからない場所」を明示したことかもしれません。チームは不確実性の高い領域を示す「無知の地図(maps of ignorance)」も併せて作成しています。地球の地下という最後のフロンティアについて、私たちはまだ全体像の入り口に立ったばかりです。足元に広がる11京キロメートルの沈黙の流通網を、これからどう読み解き、どう共存していくのか。Tech for Human Evolution を掲げる私たちにとって、これは「進化の足場」をめぐる物語の始まりだと感じています。

【用語解説】

CO2e(CO2換算/二酸化炭素換算)
さまざまな温室効果ガスの温暖化への影響を、二酸化炭素の量に換算して比較するための共通単位。本研究では、AM菌ネットワークが年間で土壌へ運び込む炭素量を約40億トンCO2eと推定している。

バイオマス(biomass)
ある生物群の総量を、質量(重さ)で表したもの。今回AM菌のバイオマスは炭素換算で約300メガトン(約3億トン)、全人類の体重の合計の4〜6倍と推定された。これは多くの研究者の事前予想より少ない値だった。

土壌コア(soil core)
地中に円筒を差し込み、土を層構造を保ったまま柱状に抜き取るサンプル。本研究は世界各地から集めた16,000本超の土壌コアのデータを基盤としている。

【参考リンク】

SPUN(Society for the Protection of Underground Networks)公式サイト(外部)
地球の菌根菌ネットワークの地図化と保護を使命とする非営利研究組織。2021年設立で、今回の研究を主導した団体の公式サイト。

Mycorrhizal Infrastructure Map(菌根菌インフラマップ)(外部)
本研究と同時公開された、地球のAM菌ネットワーク密度を1km²単位で閲覧できるインタラクティブマップの地図ビュー直リンク。

Underground Atlas(SPUN)(外部)
昨年Natureで発表された、地下の菌類の多様性ホットスポットを探せるデジタルツール。今回の密度マップの前提となる先行成果。

AMOLF(公式サイト)(外部)
オランダ・アムステルダムの物理学系研究機関。本研究でロボットによる菌糸イメージングを担ったPhysics of Behaviorが所属する。

Science論文「Global density and biomass of arbuscular mycorrhizal fungal networks」(外部)
2026年6月11日付Scienceに掲載された査読済みの元論文ページ。一次情報。DOI:10.1126/science.adu4373。

NASA Science「Facts About Earth」(外部)
地球と太陽の平均距離を約1.5億kmとして示すNASAの基礎データページ。本記事の「約11京km」が地球―太陽間距離の何倍にあたるかを確認する際の換算根拠として参照。

【参考動画】

【参考記事】

Earth’s underground fungal network is so massive, it would span 10% of the Milky Way, map reveals(Live Science)(外部)
16,669本の土壌コアや322件の先行研究、9つのバイオーム、1km²解像度など、手法と数値を最も詳しく報じた記事。

First global map of mycorrhizal fungi reveals true scale of underground networks across the planet(Phys.org)(外部)
土壌コア16,000本超、総延長約110兆km級、炭素約300Mt、植物種の約70%との共生など主要数値を簡潔に整理した記事。

Fungi take up more mass than people—see how they stretch across the Earth(National Geographic)(外部)
共生が約4億5000万年前にさかのぼる点や、菌糸が髪の毛の10〜20分の1という細さなどをスチュワート博士が語る記事。

621 trillion miles of fungi networks crisscross the planet(Popular Science)(外部)
総延長を約621兆マイルと換算して示し、ホットスポットの95%が保護区外という保全上の論点を強調する記事。

【関連記事】

イネいもち病菌の長鎖RNA「lnc117761」が宿主免疫を解除—RNA-RNA認識という新パラダイム 菌類と植物の攻防を分子レベルで描く記事。菌類・農業・食料安全保障という今回の記事と共通する主題を、別の角度から掘り下げている。

水を忘れた国と、水を諦めなかった国|シンガポールのSIWW2026 Water Expoが映す日本の現在地 水という「見えにくい循環インフラ」を扱う記事。地下の菌類ネットワークと同様、不可視の自然基盤と持続可能性を考える視座が重なる。

水を「管理」する時代に、何を忘れたのか|世界の水危機と、老子からリー・クアンユーまで 自然の循環系をどう測り、どう管理するかを問う記事。気候と資源をめぐる長期的視点が、今回の菌根菌マッピングの問題意識と通じ合う。

【編集部後記】

足元の土の中に、太陽までの距離の10億倍にもなる流通網が広がっている――そう聞いて、みなさんはどんな景色を思い浮かべたでしょうか。私たちは、地上のテクノロジーばかりを未来として語りがちですが、最先端の機械学習やロボットが照らし出したのは、何億年も前から動いていた「生きたインフラ」でした。

みなさんの暮らす地域の地下には、どんなネットワークが眠っているのでしょう。よければ公開されたマップを開いて、一緒にその沈黙の世界をのぞいてみませんか。

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omote
デザイン、ライティング、Web制作を行っています。AI分野と、ワクワクするような進化を遂げるロボティクス分野について関心を持っています。AIについては私自身子を持つ親として、技術や芸術、または精神面におけるAIと人との共存について、読者の皆さんと共に学び、考えていけたらと思っています。