NTTドコモ論文がIJCAI採択|顧客の継続期間を患者の生存時間と同じ数式で測る

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がん患者の余命を推定する数式と、クーポンの効果を測る数式が、同じ形をしている。NTTドコモと半熟仮想の共著論文が、AI分野の国際会議IJCAI 2026に採択されました。リリースは触れていませんが、この研究が持ち込んだのは医療統計の定番手法です。会議は本日、ドイツのブレーメンで開幕します。


2026年8月13日、NTTドコモは、半熟仮想と共同で執筆した論文がAI分野の国際会議「IJCAI 2026」に採択されたと発表した。タイトルは「打ち切り下での生存アウトカムに対するオフ方策評価と学習」で、著者は久保田匡亮、髙橋実宏、齋藤優太の3名である。

過去の情報提供やサービス提案のデータから、新たな施策の効果を事前に評価・最適化する「オフ方策評価」を扱う。従来はサービス利用の継続期間など「期間の長さ」への効果を測る際、観測期間中に結果が確定していないデータが含まれるため過小評価が生じていた。

今回はその影響を補正する手法を開発した。IJCAI 2026は欧州人工知能会議「ECAI」との合同開催で、8月15日から21日にドイツで開かれる。

From: 文献リンクAI分野の難関国際会議「IJCAI」に論文が採択~過去データから施策効果をより正確に評価する新たなAI技術を開発~

【編集部解説】

IJCAIに載る990件のうちの1本

IJCAI-ECAI 2026は、本日8月15日にドイツのブレーメンで開幕します。15日から17日はワークショップとチュートリアルにあてられ、採択論文を扱うメインの技術プログラムは18日から21日までです。採択論文は全トラック合計で990件、うち本会議が713件。すべての採択論文に6分の口頭発表とポスターの両方が課され、著者の誰かが現地で話すことが条件になっています。ドコモと半熟仮想の論文は、この990件のうちの1本です。

リリースは短く、専門用語をていねいに避けて書かれています。ただ、この研究のいちばん面白いところは、避けられた側にありました。論文本体は2026年3月にプレプリントとして公開されていて、誰でも読めます(学会での発表版と細部が異なる可能性はあります)。

「打ち切り」を、クーポンの話で

論文が扱う「打ち切り(censoring)」は、言葉ほど難しい概念ではありません。

クーポンを配ったとします。ユーザーAは3日後に店を訪れました。ユーザーBは、観測期間が終わる30日目まで訪れませんでした。ここで、Bのデータをどう扱うか。

Bは「30日で来なかった」のではありません。「30日目までは来ていない」ことしか分かっていない。31日目に来たかもしれないし、二度と来ないかもしれない。ところが、IPSやDRといった従来の代表的な推定量を打ち切りに対応させずそのまま使うと、観測が終わった時点をイベントが起きた時点として扱ってしまいます。

論文は、一定の仮定のもとで、こうしたナイーブな適用のバイアスが過小評価の方向、正確には非正になることを数式で示しました。追跡期間が短いほど、イベントの発生率が低いほど、ズレは大きくなります。

そして厄介なのは、ここが今回いちばん重要なところだと思うのですが、示されたバイアスの式にデータ件数が入っていないことです。標本が足りないせいで生じるブレではなく、推定の組み立て方そのものに由来する偏りだということになります。シミュレーションでも、学習データを500件から1万件まで増やした範囲で、ナイーブなIPSとDRの二乗バイアスは下がりませんでした。

打ち切りを無視したまま従来手法を使う限り、ログをいくら貯めてもこの偏りは消えない。「データを増やせば精度が上がる」という、データ活用の現場でほとんど信仰に近い前提が、ここでは働かないということです。

医療統計の道具を、マーケティングへ

解決策として持ち込まれたのが IPCW(打ち切りの逆確率重み付け)です。

これは新発明ではありません。1995年にジェームズ・ロビンス氏らが提案し、2000年にはエイズの臨床試験で、治療を守れなかった患者や共変量に依存する打ち切りの扱いを補正するために使われた、医療統計の定番手法です。カプラン・マイヤー推定量やCox比例ハザードモデルと同じ、生存時間解析の系譜に属します。

仕組みはこうです。ある時点まで打ち切られずに観測できる確率を、属性と施策の組み合わせごとに推定し、その逆数を重みにする。同じ時点まで観測できた人でも、その条件では本来なら途中で観測が途切れやすいのであれば、その1人に大きな重みを与えます。観測から抜け落ちた同じような人たちの分まで代表してもらうことで、打ち切りによる過小評価を補うわけです。

論文の書き出しは、「患者の生存、あるいは顧客の継続」という並列から始まります。患者の生存期間を延ばす治療方針と、顧客がサービスを継続する期間を延ばす施策。この2つが同じ生存時間の数理枠組みに載るのは、どちらも「ある出来事が起きるまでの時間」を扱えるからです。分野の名前が違うだけで、問題の形が同じでした。

なお今回のStarbucks実験は、その別の応用にあたります。扱っているのは解約の抑止ではなく、オファーを受け取ってから最初に購入するまでの時間を短くする問題です。

二重頑健性という保険

提案されたのはIPCW-IPSとIPCW-DRの2つ。実務で効いてくるのは後者です。

IPCW-DRは二重頑健性を持ちます。「どの施策がどのユーザーに割り当てられていたか」を再現するモデルと、「そのユーザーはいつ動くか」を予測するモデル。この2つのうち、どちらか一方が正しく作れていれば、推定は偏りません。両方を同時に正確に組むのは現場では相当に難しいので、片方でよいという保証は実装上の意味が大きいところです。

ただし、この保険が効くには打ち切りモデルのほうが正しく組めていることが前提になります。二重の頑健性は、打ち切りの扱いを正しくした土台の上に乗っている、という構造です。

自社データではなく、公開データを模した環境で

検証に使われたのは、ドコモの顧客データではありませんでした。スターバックスのリワードアプリの利用を模したKaggleの公開データをもとにした、半合成実験です。論文本文はこのデータを「Starbucks mobile app logs」と表現していますが、参照先のKaggleでは、元データを模したデータだと説明されています。

このデータからランダム生存フォレストで真の環境を組み立て、非線形の交互作用と人工的な打ち切りを加えたうえで、各手法を比較しています。年齢、収入、会員歴、性別といったユーザー属性と、特典獲得に必要な支出額、特典額、配信チャネル、有効期限といったオファー属性。10種類のオファーを選択肢とし、「オファーを受け取ってから最初の購入までの時間」を生存時間として扱います。公開データを使い、再現用のコードもSupplementary Materialとして共有されているため、第三者が実験を追試できる構成になっています。

評価の設定も厳しく組まれています。真の環境は非線形に作り込む一方、推定に使う側のモデルはロジスティック回帰とCox回帰の線形モデルに制限し、オファーの属性をあえて外す。単純な推定モデルでは真の環境を捉えきれない状態、つまりモデルの誤設定と交絡を意図的に持ち込んで、手法の頑健性を試しています。

その条件下で、二乗誤差はDMが30.7、IPSが216.7、DRが190.1、IPCW-IPSが11.8、IPCW-DRが10.7でした。

「予算を2割削って、購買を早める」

もう一段、実務に寄った実験もあります。

クーポンには原資がかかります。論文は予算をログ方策の平均コストの8割にあたる2.82に絞り、そのうえで購買までの時間を最短化する配り方を学習させました。ここでの制限付き平均生存時間は「購入までにかかった時間」なので、小さいほど良い指標です。100試行の平均で、回帰ベースが48.86、IPSが39.61、DRが39.11、IPCW-IPSが39.41、IPCW-DRが38.16。IPCW-DRが最小でした。

ただし、従来のIPSやDRとの差は1前後で、劇的というほどではありません。むしろ差がはっきり出たのは、予算の枠を守れた試行の割合のほうでした。IPCW-IPSが0.99で最も高く、IPSとIPCW-DRが0.95、DRが0.90、回帰ベースが0.80。打ち切りを補正して生存時間を正しく見積もれるぶん、予算の境界を精度よく追えたという説明になっています。

「予算は減らす、でも成果は上げろ」という、どの現場にもある要求が、そのまま数式に載っている。ここが、この論文を学会発表以上のものにしている部分だと感じます。

ドコモにとって、何が変わるか

ドコモが手にしているのは、料金プランの提案や各種サービスの案内といった打ち手の束です。リリースが強調しているのは、案内直後の単発的な反応だけでなく、サービス利用の継続状況のように一定の観察期間を必要とする効果まで評価の対象にできる、という点でした。

この手法を使えば、「その案内が、その後のサービス利用の継続にどう影響するか」を、過去の施策ログから実施前に評価することをめざせます。リリースにある「お客さまに長く満足していただける、より適した情報やサービスの提案方法」という一文は、その先を指しています。

もっとも、今回の検証は公開データをもとにした半合成実験までです。ドコモの実サービスでどう効くかは、リリースが自ら「今後は、本技術の事業サービスへの実用化に向けた検証を進め」と書いているとおり、これからの課題として残されています。

なお、この手法が置く前提は「条件付き独立打ち切り」というものです。同じ属性・同じ施策で条件づけたとき、本当のイベント時間と打ち切り時間が独立している、という仮定を指します。論文はこれを、カプラン・マイヤー推定量やCox比例ハザードモデルといった標準的な生存時間解析手法の理論的基盤と位置づけています。この仮定は、打ち切りの起こりやすさが属性によって変わること自体を禁じてはいません。論文が先行研究について問題視する、より強い「共変量に依存しない打ち切り」とは、そこが違います。

齋藤優太氏という結節点

共著者の齋藤優太氏は、学生時代から反実仮想機械学習の研究と実務応用の両方に取り組んできた研究者です。

東京工業大学(現・東京科学大学)在学中からこの分野に取り組み、2020年に成田悠輔氏らと半熟仮想を共同創業しました。ZOZO研究所との共同研究チームは2021年に日本オープンイノベーション大賞・内閣総理大臣賞を受賞し、2022年にはForbes JAPANの30 UNDER 30に選ばれています。『施策デザインのための機械学習入門』『反実仮想機械学習』の著者でもあります。

齋藤氏は自身のサイトで、ソニー、サイバーエージェント、リクルート、LINEヤフーなど国内外のテック企業との連携を挙げています。リクルートとは、オフ方策評価を含む反実仮想機械学習の知見を実案件につなげる共同研究が公表されています。

この技術が通信業界と縁がなかったわけでもありません。KDDIとアクセンチュアの合弁であるARISE analyticsは、2022年3月の技術記事でオフ方策評価を詳しく解説したうえで、KDDIのライフデザイン事業のマーケティングへの適用を検討していると書いています。施策の効果を打つ前に測る、という発想自体は、通信業界にすでに入っていました。

今回の論文で目を引くのは、そこから一歩進んで、オフ方策評価の対象が「継続期間」という時間を伴う指標へ広がっている点です。料金もサービス利用も長期にわたる通信事業にとって、案内直後の反応だけでなく、その後どれだけ利用が続くかまで事前に評価できることには、実務上の意味があります。

発表は、18日から

「解約されないようにする」という業務目標と、「患者が生き延びる確率を高める」という医療の目標が、数式にすると同じ生存時間の枠組みに載る。この一致に、私はいちばん惹かれました。

医療統計などで使われてきたIPCWがオフ方策評価に組み込まれ、さらに予算制約のある方策学習へ拡張されて、学術研究としてIJCAIに採択された。通信事業での実用化はこれからですが、異なる分野の道具が新しい問題設定に接続された1本です。

会議は本日開幕します。採択論文の発表が始まるのは、18日からです。

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【編集部後記】

論文の予算制約には、細かい但し書きがついています。クーポンの原資は、ユーザーが実際に動いたときだけ計上される。配って反応がなければ費用はゼロという、成果報酬型のマーケティング実務に合わせた設計です。

数式の一行に、業界の商習慣がそのまま埋め込まれている。理論の側から現場へ歩み寄った跡は、こういうところに残ります。あなたの職場の「当たり前」は、どんな式に化けるでしょうか。


【用語解説】

オフ方策評価(OPE:Off-Policy Evaluation)
過去のログデータだけを使い、まだ実施していない施策の効果を推定する枠組み。実際に配る前に複数の案を比較できる。

打ち切り(censoring)
観測期間が終わった時点で、まだ結果が確定していない状態。「30日目までは購入していない」ことは分かるが、その後どうなるかは分からない。生存時間解析の中心的な論点である。

条件付き独立打ち切り
同じ属性・同じ施策で条件づけたとき、本当のイベント時間と打ち切り時間が独立しているという仮定。生存時間解析の標準的な手法が共通して置く前提である。打ち切りの起こりやすさが属性によって変わること自体は禁じていない。

IPCW(Inverse Probability of Censoring Weighting)
打ち切りの逆確率重み付け。ある時点まで打ち切られずに観測できる確率を推定し、その逆数を重みにする。打ち切られやすい条件のサンプルほど大きな重みを持つ。1995年にジェームズ・ロビンス氏らが提案した。

IPS/DR/DM
オフ方策評価の代表的な推定量。IPSは観測データの偏りを重みで補正し、DMは結果予測モデルで未観測部分を補い、DRは両者を組み合わせる。いずれも打ち切りを想定した設計ではない。

二重頑健性(double robustness)
2つのモデルのうち、どちらか一方が正しく作れていれば推定が偏らないという性質。IPCW-DRの場合、打ち切りモデルが正しいことを前提としたうえで、割り当てを再現するモデルか結果を予測するモデルのいずれかが正しければよい。

制限付き平均生存時間(RMST:Restricted Mean Survival Time)
一定期間までに区切って計算した平均生存時間。今回の実験では「購入までにかかった時間」を指すため、小さいほど良い指標として扱われている。

カプラン・マイヤー推定量
1958年に提示された、打ち切りを含むデータから生存確率を推定する非パラメトリックな手法。生存時間解析の基礎をなす。

Cox比例ハザードモデル
1972年にデビッド・コックス氏が提示した、共変量と生存時間の関係を分析する回帰モデル。今回の論文では打ち切りモデルと結果モデルの推定に使われている。

ランダム生存フォレスト
決定木を多数組み合わせて生存時間を予測する機械学習手法。今回は実験環境の「真の姿」を作るために使われた。

半合成実験(semi-synthetic experiment)
実データまたはそれを模したデータを土台に、真の答えが分かる環境を人工的に構築して手法を比較する実験手法。反実仮想が観測できない領域で、推定量の精度を厳密に比べるために用いられる。

反実仮想機械学習(CFML:Counterfactual Machine Learning)
「実際には選ばれなかった選択肢の結果」を推定し、意思決定を最適化する技術の総称。オフ方策評価はその中核をなす。

半熟仮想株式会社
2020年に成田悠輔氏らが創業した企業。市場設計、反実仮想機械学習、因果推論を強みとし、複数の企業と共同研究や社会実装に取り組んでいる。

ECAI(European Conference on Artificial Intelligence)
欧州人工知能会議。2026年のIJCAIは、このECAIとの合同開催として実施される。

【参考リンク】

株式会社NTTドコモ(外部)
2026年8月13日にトピックスとして本件を公表した通信事業者の公式サイト。報道発表資料のPDF版も、お知らせの一覧から辿ることができる。

IJCAI-ECAI 2026(外部)
第35回IJCAIと第29回ECAIの合同会議の公式サイト。会期、会場、ワークショップと本会議の区分といった開催概要が掲載されている。

IJCAI-ECAI 2026 Accepted Papers(外部)
全990件の採択論文をトラック別に絞り込める公式ページ。各論文のセッション日時と、口頭発表とポスターという発表形式も確認できる。

arXiv:2603.22900(外部)
本論文のプレプリント。IPCW-IPSとIPCW-DRの定義、不偏性と二重頑健性の定理、実験結果までの全文が無償で読める。

Starbucks App Customer Reward Program Data(Kaggle)(外部)
論文の実験が基にした公開データ。スターバックスのリワードアプリの利用を模したデータであると、配布ページで説明されている。

齋藤優太(外部)
共著者の研究者としての経歴、論文リスト、著書、学会でのチュートリアル資料などがまとめられている。研究と実務応用の両輪が辿れる。

【参考記事】

Off-Policy Evaluation and Learning for Survival Outcomes under Censoring(外部)
本論文のプレプリント。IPCW-IPSとIPCW-DRの定義、不偏性と二重頑健性の定理、そして実験結果までの全文が無償で読める。

IJCAI-ECAI 2026 Accepted Papers(外部)
全990件の採択論文の公式一覧。本会議713件をはじめとするトラック別の内訳と、各論文のセッション日時が確認できる。

因果推論の先へ―機械学習で因果効果を予測する『反実仮想機械学習(Counterfactual Machine Learning)』入門(外部)
KDDIとアクセンチュアの合弁が2022年3月に公開した技術記事。オフ方策評価をIPS、DM、DRの3系統に整理して解説している。

IJCAI-ECAI 2026 At a Glance(外部)
会期の内訳を示す公式ページ。15日から17日がワークショップ、18日から21日がメインの技術プログラムと明記されている。

半熟仮想株式会社との共同研究の紹介(外部)
リクルートのデータ組織による紹介記事。齋藤優太氏によるオフ方策評価の論文勉強会と、実案件の相談会という進め方が読める。

AI分野の難関国際会議「IJCAI」に論文が採択(PR TIMES)(外部)
ドコモが同日に配信したプレスリリース。本文はトピックスと同一で、配信面での掲載状況を確認するために参照したものである。

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山本 達也 代表社員
合同会社デジタルの窓口 代表。ウェブ解析士。生成AI・サイバーセキュリティ・ 宇宙開発領域を中心に執筆。

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