耳につけるデバイスは今、正反対の方向へ同時に広がりつつあります。片方では医療機器としての承認を得て補聴器へ近づき、もう片方では音質や存在感を競う高級路線へと向かう——そんな動きの中で、Samsungが本格的なオーバーイヤー型ヘッドホンを開発していることが、Galaxy Wearableアプリのコード解析から明らかになりました。11年ぶりか、12年ぶりか——各メディアが使う年数の数え方を確かめると、見えてくるものがあります。AirPods MaxやSony WH-1000XM6という強力な先行者がいる市場に、Samsungはどんな理由で踏み出そうとしているのでしょうか。
8月13日に明らかになったところによると、Samsungはオーバーイヤー型ワイヤレスヘッドホンを開発しているという。開発中の製品は社内で「Galaxy H1」と呼ばれ、Galaxy Wearableアプリのコード文字列とグラフィックからBluetooth対応が確認された。正式名称は発表までに変わる可能性が高いという。デザインの方向性は、AppleのAirPods MaxやSamsung傘下JBLの「Tour One M3」に近いとされる。仕様は未確定だが、Bluetooth 6.0、SSC UHQコーデック、ANC、アンビエントサウンド、AIアシスタント統合、Auto Switch対応、Galaxy Budsを上回るバッテリー持続時間などが見込まれている。プロジェクトは初期段階とみられ、発売は2027年初頭が見込まれるが、時期は変動しうるという。同時期には耳掛け型・クリップ型の新デザインGalaxy Budsの開発も報じられている。
From: Samsung working on AirPods Max 2 killer, likely for 2027
【編集部解説】
「11年ぶり」の中身を確認する
海外メディアの多くは、今回のGalaxy H1を「2015年のLevel On以来、11年ぶりの本格的なオーバーイヤーヘッドホン」と紹介しています。
ただ、Samsung自身の一次資料(2014年4月28日付プレスリリース)を確認すると、少し違う整理になります。当時発表された「Level」シリーズは、Level Over・Level On・Level In・Level Boxの4種類で構成されていました。
このうちSamsungが公式に「flagship over-ear headphone(フラッグシップのオーバーイヤーヘッドホン)」と説明しているのはLevel Overです。50mmドライバーとアクティブノイズキャンセリングを搭載し、重量350gの本格モデルでした。
一方のLevel Onは、公式資料では「compact style(コンパクトなスタイル)」「on-the-go(持ち運び向け)」と説明されている別カテゴリーの製品です。40mmドライバーで重量は209.8g、発売時点ではノイズキャンセリング機能もありませんでした。Level Onがワイヤレス対応になったのは2015年4月のことです。
つまり、Samsungが自社で「オーバーイヤー」と呼んでいた製品を基準にすると、直近のモデルは2015年のLevel Onではなく2014年のLevel Overになります。「11年ぶり」という各媒体の表現は、厳密には「オーバーイヤー」と「オンイヤー」というカテゴリーの違いを踏まえていない可能性があります。私たちの確認が正しければ、Galaxy H1は実質的に12年ぶりのオーバーイヤー機ということになりますが、この年数の数え方をSamsung自身がどう説明するかは、正式発表を待ちたいところです。
空白期間に何があったか
この十数年は、Samsungにとって何もしていなかった期間ではありません。2017年3月、SamsungはHarman Internationalを約80億ドル(9.2兆ウォン)で買収を完了しました。JBLやAKGといった音響ブランドは、この買収によってSamsungの傘下に入っています。
つまりSamsungは、音響エンジニアリングの力を手に入れたあとも、その力をあえて「Galaxy」ブランドの本体ではなく、JBLというサブブランド経由で市場に出し続けてきたことになります。実際、JBLは2025年4月に「Tour One M3」という高性能なオーバーイヤーヘッドホンを399.95ドルで発売しています。
技術がなかったから十数年間出さなかった、というより、どのブランドで、どのタイミングで出すかを選んできた十数年間だった、と捉えたほうが実態に近いのかもしれません。この見方はあくまで私たちの解釈であり、Samsung自身がそう説明しているわけではない点はお断りしておきます。
SSC UHQという選択
今回のリークで名前が挙がっているコーデック「SSC UHQ」は、Samsungの独自規格で、2023年以降のGalaxyスマートフォン・タブレットでのみ機能するとされています。
興味深いのは、傘下のJBLが手がけるTour One M3は、メーカーを問わず使える業界標準のLDACコーデックを採用している点です。同じSamsungグループの製品でも、ブランドによって「開く」か「閉じる」かの姿勢が違うように見えます。この点は、正式発表時の仕様確定を待って改めて検証したいと考えています。
補聴器化する耳、プレミアム化する耳
もう一つ気になるのは、タイミングです。2026年8月11日、SamsungのGalaxy Buds3 ProおよびBuds4 Proが、米国でOTC(市販)補聴器としてのFDAクリアランスを取得したことが明らかになったばかりでした。
片方では日常のケア機器としての承認を得て生活に溶け込もうとし、もう片方ではAirPods MaxやSony WH-1000XM6と張り合う高価格帯に踏み込もうとする——同じ「耳につけるデバイス」というくくりの中で、Samsungのオーディオ戦略は今、正反対に見える2つの方向へ同時に伸びています。この2つが同じ会社の同じ時期の動きだという事実は、単体のリーク記事だけを読んでいては見えてきません。
ここまでで分かっていないこと
今回の情報は、あくまでGalaxy Wearableアプリのコード内に見つかったアイコンと文字列が根拠です。確認できているのはBluetooth対応という点のみで、ANCやSSC UHQ搭載、AIアシスタント統合といった機能は「現行製品の傾向から見て自然な予想」の域を出ません。
発売時期についても、情報源のSamMobileは2027年初頭を見込むとしていますが、これも確定情報ではありません。「Galaxy H1」という名称も社内コードネームであり、正式発表時には別の名前になる可能性が高いとされています。今後、商標出願や規制機関への申請といった、より確度の高い情報が出てくるかどうかに注目したいところです。
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【編集部後記】
「何年ぶりか」という数え方ひとつで、ニュースの見え方は変わります。今回、Level OverとLevel Onの違いを確認する過程で、私たちはそのことを改めて感じました。オーバーイヤー型のヘッドホンが音質だけでなく、身につける物としての存在感でも語られる時代に、Samsungがこのタイミングで動く理由は何なのか。11年か12年か、その数字の奥にある変化を、私たちも一緒に見ていきたいと思います。
【用語解説】
Galaxy Wearableアプリ
Samsung製ウェアラブル機器(Galaxy Buds、Galaxy Watch等)の設定・管理を行う公式スマホアプリ。今回のリークは同アプリ内のコード解析から見つかったもの。
SSC UHQ(Samsung Seamless Codec Ultra High Quality)
Samsung独自のオーディオコーデック。24bit/96kHzの高音質伝送に対応するが、2023年以降のGalaxy端末に限定される。
ANC(Active Noise Cancelling/アクティブノイズキャンセリング)
マイクで周囲の騒音を拾い、逆位相の音波で打ち消すノイズ低減技術。
LDAC
Sonyが開発した高音質Bluetoothコーデックの業界標準規格。特定メーカーに縛られず幅広いAndroid機器で利用可能。
Harman International(ハーマン・インターナショナル)
JBL・AKG・Harman Kardon等の音響ブランドを傘下に持つ米企業。2017年にSamsungが買収。
【参考リンク】
Samsung launches “Level” a New Series of Premium Mobile Audio Products(外部)
2014年発表のLevel Over/Level On公式スペックを確認できる一次資料。
JBL Introduces the Tour ONE M3(外部)
Samsung傘下JBLの現行フラッグシップヘッドホンの発売日・価格を発表した公式リリース。
JBL Tour One M3|ワイヤレスノイズキャンセリングオーバーイヤーヘッドホン(外部)
LDACコーデック対応など、Tour One M3の詳細仕様を確認できる日本公式ページ。
AirPods Max – Technical Specifications(外部)
Galaxy H1が対抗すると目される競合製品、AirPods Maxの技術仕様一覧。
Apple introduces AirPods Max 2(外部)
2026年に発表されたAirPods Max 2の公式発表内容。価格・機能を確認できる。
【参考記事】
Samsung Expands ‘Level’ Series of Wireless Smart Audio Products(外部)
2015年4月、Level On Wirelessを発表した際の公式資料。ワイヤレス化の時期を確認。
Samsung completes Harman acquisition — The Korea Times(外部)
2017年3月のHarman International買収完了と買収額80億ドルを報じた記事。
Samsung could take on Apple’s AirPods Max with its own over-ear ‘Galaxy’ headphones — SoundGuys(外部)
SSC UHQコーデックの仕様や、Galaxy端末限定という制約について解説した記事。


















