政府が6日に決めたサイバー攻撃の緊急対策は、「ブロッキング検討」の見出しで報じられました。ただ、パッケージの本文に「ブロッキング」という言葉は出てきません。書かれているのは、通信事業者による「アクセス抑止策」の在り方を、法的課題も含めて検討するという一文です。何が決まり、何がまだ検討の段階なのかを分けて読むと、対策の輪郭が見えてきます。
政府は2026年11月6日、サイバーセキュリティに関する関係閣僚会議で「サイバーセキュリティ緊急対策パッケージ」を決定した。AIも活用した基本的な対策の徹底、情報収集・集約や捜査・分析体制の強化、サイバー攻撃への対処の戦略的な実施、被害者支援・被害拡大防止策の強化の4本柱で構成する。情報処理推進機構(IPA)に高性能AIの活用環境を整え、ペネトレーションテストを行うトップガン人材チームを11月中に立ち上げる。国家サイバー統括室には「アウトリーチ・チーム(仮称)」を今月中に新設し、「官民サイバー救援隊(仮称)」の事務局を令和8年度中の早期に設ける。
漏えいした個人情報の悪用を防ぐため、通信事業者によるアクセス抑止策の在り方を法的課題を含めて検討する。
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サイバーセキュリティ緊急対策パッケージ(サイバーセキュリティに関する関係閣僚会議決定)|内閣官房
【編集部解説】
10月に入ってから、国内企業による情報漏えいの公表が途切れなく続いています。今回のパッケージは、10月26日の第1回会議で高市早苗首相が取りまとめを指示し、11日後に形になったものです。
文書は冒頭で、かなり率直な診断を下しています。最近の漏えいの多くは、既知の脆弱性の放置、設定の不備、委託先を含めた基本的な対策の不足によるもので、AIの進展によってその隙が「短時間かつ大規模に」突かれる時代になったという認識です。新しい盾を配るというより、「当たり前の対策」を社会全体でやり切るための仕組みを、AIで底上げするパッケージだと読むのが実態に近いでしょう。
「ブロッキング」という言葉は、文書のどこにもありません
一部の報道は、今回の柱を「ブロッキングの検討」と伝えています。ただ、パッケージ本文に「ブロッキング」という語は出てきません。該当するのは第4の柱「被害者支援・被害拡大防止策の強化」の中の一文で、漏えいした個人情報等の悪用を防ぐため、通信事業者によるアクセス抑止策の在り方について「法的課題を含め早急に検討する」とあり、担当は総務省です。
決まったのは「検討すること」です。文書には、対象とするサイトも、具体的な抑止の方式も示されていません。「流出した個人情報が掲載されたサイトへの接続を止める」という報道の説明と、文書に明記された内容は、分けて読む必要があります。
置かれた場所にも意味があります。この一文は攻撃者への対処を扱う第3の柱ではなく、二次被害を防ぐ第4の柱に入っています。詐欺電話を遮断するアプリの普及や、口座開設時の本人確認の徹底と同じ並びです。
児童ポルノと海賊版対策でも問われた「通信の秘密」
「法的課題」の中心にあるのは「通信の秘密」です。憲法21条2項は通信の秘密を侵してはならないと定め、電気通信事業法4条は、電気通信事業者の取扱中に係る通信の秘密を保護しています。ブロッキングのように、利用者の同意なく接続先を検知して遮断する方式では、この通信の秘密の侵害が問題になります。
2011年4月に始まった児童ポルノのブロッキングは、刑法上の緊急避難の要件を満たす場合に限り、通信の秘密の侵害について違法性が阻却される、という整理に基づいています。削除や摘発が難しい海外サイトなどに対象を絞った、事業者の自主的な取り組みです。運用開始から間もない同年5月には、設定の誤りで無関係なサイトにブロック画面が表示される事例も起きています。
2018年には、政府が海賊版サイト「漫画村」などについてブロッキングを「適当」とする緊急対策を打ち出しました。しかし法的根拠を欠くとの批判が相次ぎ、法制化を議論した政府の検討会議は同年10月、ブロッキングの法制度整備について意見をまとめられませんでした。
今回の文書は、最初から「法的課題を含め」と書き、電気通信事業法を所管する総務省に検討を委ねています。こうした過去の経緯を踏まえた出発点と読めます。漏えいデータの拡散防止が、児童ポルノと同じように緊急避難の要件を満たすのか、それとも新たな立法が必要なのか。ここが今後の議論の中心になるはずです。
AIを「守る側」に組み込む、具体的な仕掛け
テクノロジーの視点で注目したいのは、むしろ第1と第2の柱です。
IPAには高性能AIを使える環境を整え、模擬的な攻撃テスト(ペネトレーションテスト)を行う「トップガン人材チーム」を11月中に立ち上げます。チーム自らがテストを行うだけでなく、民間企業を支援するセキュリティ企業に向けて、人材育成、AIを使った検証環境、テスト用ツールの提供まで担うとしています。国が直接守れる範囲には限りがあるため、守る側の事業者の腕をAIで底上げする設計です。
情報収集では、海外の大手デジタル企業やフロンティアAI企業との協力関係を広げ、公表前の脆弱性情報を早く得るとしています。AIが脆弱性の発見から悪用までの時間を縮めているなら、守る側も公表前に動くほかありません。内閣府はAIセーフティ・インスティテュート(AISI)を強化し、高性能なAIモデルのサイバー攻撃能力を評価して共有するほか、英国AISIとの間でAIの重大な悪用事例を共有する枠組みづくりを目指します。
NICTは、複数のAIエージェントが自律的に連携して外部システムに侵入するような攻撃を、安全に再現・観測・分析できる環境「STARDUST BD」の構築に着手します。NICTは10月13日、相次ぐ漏えいの原因の一つとして、公開されたAndroidアプリを解析し、接続先のサーバーを狙う「A2B攻撃」を特定したと発表しており、その分析能力をさらに引き上げる位置づけです。
「どこに相談すればいいのか」に答える仕組み
被害に遭う側から見ると、窓口と派遣の仕組みが段階ごとに整理されたことが大きな変化です。
まだ被害に気づいていない可能性がある組織には、国家サイバー統括室の「アウトリーチ・チーム(仮称)」が今月中に新設され、国の側から接触します。支援の必要性と緊急性が特に高い被害組織には、要請に応じて官民の専門人材による「官民サイバー救援隊(仮称)」を派遣します。事務局は令和8年度中の早期に設ける予定です。
救援隊の支援対象となる事案のうち、国民の生命・身体・財産への重大な危害が現に発生し、またはそのおそれが大きく、日本の安全保障や社会経済にも重大な影響を与える場合には、「ジョイント・レスポンス・チーム(仮称)」が派遣されます。国家サイバー統括室、所管省庁、警察、防衛省・自衛隊などの職員で構成し、被害組織の同意を得て支援する運用を、令和8年度中の早期に始める方針です。中小企業向けの「サイバーセキュリティお助け隊サービス」には、被害時の診断、定期バックアップと復旧支援、定期脆弱性診断が加わります。
警察には、法人専用の「サイバー被害110番(仮称)」が令和8年中に全都道府県警察本部で開設されます。個人については、消費生活センター(188)を総合的な入口とする方針です。
能動的サイバー防御と「法改正」の位置づけ
10月1日、サイバー対処能力強化法と同整備法のうち、官民連携の強化とアクセス・無害化措置に関する規定が施行されました。改正された警察官職務執行法や自衛隊法に基づき、警察や自衛隊が、それぞれの要件と手続きの下で、攻撃に使われるサーバーなどへのアクセス・無害化措置を行う制度です。攻撃サーバーを検知するために通信情報を使う仕組みは、まだ施行されていません。
GMOインターネットは10月24日、「お名前.com デスクトップクラウド」への不正アクセスを受けて、能動的サイバー防御に関する措置の実施を政府関係機関に要請したと発表しました。ただし、企業の要請だけで実施が決まるものではなく、法律上の要件と手続きに基づいて政府が判断します。
パッケージは、アクセス・無害化措置を含む「あらゆる対処の手段」を戦略的に選択・実行するとし、国家サイバー統括室・警察・防衛省・自衛隊の態勢と予算の増強を中長期の課題に挙げました。同法の改正は独立した施策項目としては明記されていませんが、前文には「情報収集の在り方を含む制度面の整備」が中長期の課題として掲げられています。
これとは別に、高市首相は会議で古川俊治サイバー安全保障担当相に、サイバー対処能力強化法の改正を検討するよう指示しました。目的として示したのは、日本を標的としたサイバー攻撃を把握するための情報収集能力の強化です。あわせて、基幹インフラ事業者が攻撃を受けた際の報告について、できれば数時間、少なくとも同日中に国家サイバー統括室へ伝わるようにすることも求めています。施行から約1か月での改正検討は、攻撃を「止める」権限より先に、攻撃を「知る」仕組みの範囲と速さが課題として浮かんでいることの表れと読めます。
財源の面では、同じ6日朝の閣議で、直ちに必要となる約100億円の予備費の使用が決まりました。首相はパッケージ全体に必要な財政措置について、さらに検討するよう財務相らに求めています。
慎重に見ておきたい点
一つは、多くの施策がまだ「仮称」や「検討」の段階にあることです。官民サイバー救援隊については、被害の状況、攻撃の背景・手法、被害組織の対策状況といった判断要素は示されていますが、派遣の可否を分ける具体的な運用基準や派遣の開始時期は、文書では明らかになっていません。
もう一つは、アクセス抑止の議論がどこまで広がるかです。2018年の議論では、海賊版で認めれば、名誉毀損など他の分野にも対象が広がりかねないという懸念が示されました。今回も、遮断の対象を誰がどう決めるのか、誤って遮断した場合にどう救済するのかという手続きの設計が、技術より先に問われることになりそうです。
「AI時代」への出発点として
文書は自らを、AI時代にふさわしいサイバーセキュリティの在り方へ日本を移行させる「出発点」と位置づけています。AIが攻撃を速くするなら、守る側もAIで速くなる。その考え方を、IPAのチーム、NICTの分析環境、海外のAI企業との連携という具体的な形にしたのが今回のパッケージです。
11月中に立ち上がる二つのチームが、最初にどんな成果を示すのか。そこが、この出発点の実力を測る最初の目安になります。
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【編集部後記】
施策一覧の終わり近くに、目立たないものの現場に効きそうな項目があります。先般公表されたPHPの重大な脆弱性を例に挙げ、システムの開発契約や運用保守契約では、脆弱性に誰が対応するのかが決まっていない場合が多く、緊急時に支障が出ていると書かれています。
AIで脆弱性が見つかる速さが上がるほど、「見つかったあと、誰が直すのか」という契約の一行が効いてきます。お手元の保守契約に、その一行は入っているでしょうか。
【用語解説】
通信の秘密
通信の内容だけでなく、宛先や通信の日時といった構成要素も第三者に知られない権利。憲法21条2項が保障し、電気通信事業法4条が電気通信事業者の取扱中に係る通信について保護している。
緊急避難
刑法37条が定める違法性阻却事由。現在の危難を避けるためにやむを得ずした行為で、生じた害が避けようとした害を超えない場合には罰しない。児童ポルノのブロッキングは、この要件を満たす場合に限って許容されるという整理で運用されている。
ペネトレーションテスト
攻撃者と同じ手法でシステムに模擬的な侵入を試み、実際に突破できる弱点がないかを確かめる検査。侵入テストとも呼ばれる。
フロンティアAI
その時点で最も高い性能を持つ最先端の汎用AIモデル。高度な脆弱性の発見やコード生成ができる一方で、悪用されたときの影響も大きいとされる。
A2B攻撃
App-to-Backend Attackの略。一般に公開されているアプリを解析して、接続先のサーバーの仕様を割り出し、バックエンドのサーバーを攻撃する手法。NICTの脅威情報分析チームが2026年10月に命名した。
アクセス・無害化措置
能動的サイバー防御の中核となる措置。警察や自衛隊が、所定の要件と手続きの下で攻撃に使われるサーバーなどにアクセスし、攻撃に使われるプログラムの停止などで無害化する。
予備費
予算編成の時点で見込めない支出に備え、あらかじめ予算に計上しておく経費。使うときは閣議で決定する。
【参考リンク】
首相官邸「サイバーセキュリティに関する関係閣僚会議」(2026年11月6日)(外部)
11月6日の第2回会議での高市首相の発言を掲載。サイバー対処能力強化法の改正検討の指示や、約100億円の予備費への言及を含む。
内閣府「サイバー対処能力強化法等の施行について」(外部)
10月1日に施行された官民連携の強化とアクセス・無害化措置について、制度の全体像を図で示した国家サイバー統括室と内閣府の資料。
NICT「【注意喚起】相次ぐ情報漏えい、その原因の一つは『アプリ解析からのサーバ攻撃』」(外部)
公開アプリを解析して接続先のサーバーを狙う「A2B攻撃」を特定し、侵害の確認や脆弱性の点検などの対策を示したNICTの発表。
AIセーフティ・インスティテュート(AISI)(外部)
IPAに置かれた、AIの安全性評価を担う日本の機関。今回のパッケージでは、高性能なAIモデルのサイバー攻撃能力の評価を担う。
お名前.com「お名前.com デスクトップクラウドサービスに対するサイバー攻撃について(第4報)」(外部)
GMOインターネットが、補償の方針と、能動的サイバー防御に関する措置の実施を政府関係機関に要請したことを公表した第4報。
【参考記事】
政府がサイバー攻撃の「緊急対策パッケージ」 強制遮断の検討加速、被害防止へ新チーム(時事ドットコム)(外部)
11月6日の決定を、ブロッキングの検討加速を柱として報じた記事。トップガン人材チームとアウトリーチ・チームの月内発足も伝える。
首相、能動的サイバー防御法改正検討を指示(共同通信/新潟日報)(外部)
高市首相が11月6日、日本を標的とした攻撃の情報収集能力を強化するため、関連法の改正の検討を指示したと伝える共同通信の速報。
政府がサイバー対策の緊急対応に約100億円「緊急対策パッケージ」とりまとめへ AI活用した対策の徹底など“概要案” 判明(TBS NEWS DIG)(外部)
11月6日の閣議で今年度の予備費から約100億円の支出を決めたと報じた記事。片山財務相の発言と、パッケージの概要案を含む。
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