自民党、「サイバー有事前夜」と提言 官邸に対処本部、暗号資産の追跡や耐量子暗号の移行加速も

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14ページの提言の中で、「暗号資産」という語が出てくるのは1回だけです。それでも暗号資産メディアは、この提言を「暗号資産の追跡」の見出しで伝えました。提言の主役は、AIが防御側の処理能力を上回る規模で仕掛けてくる攻撃への備えです。その大きな構図の中に置かれた3つの項目を、原文の比重どおりに読みます。


自由民主党政務調査会の国家サイバーセキュリティ戦略本部(本部長・平将明衆院議員)は10月20日、「サイバーセキュリティ対策の抜本的強化に関する提言〜サイバー有事前夜/AIのサイバー飽和攻撃に備えよ!〜」を取りまとめた。提言は22日の党政調審議会で了承され、23日に高市早苗首相へ申し入れられた。官邸主導の「サイバー対処本部(仮称)」の設置を柱とし、関係省庁・機関ごとの個別提言を11の区分に分けて並べる。

このうち警察庁には不正に取得された暗号資産の追跡を、国家サイバー統括室には耐量子計算機暗号(PQC)への移行の加速を、デジタル庁には分散型ID(DID)と検証可能なクレデンシャル(VC)の有用性の検証を求めた。

From: 文献リンク国家サイバーセキュリティ戦略本部が提言を申し入れ

【編集部解説】

この提言には「暗号資産の追跡」と「耐量子暗号」が書き込まれ、暗号資産メディアでも見出しになりました。ただ、全11ページの本文を通して読むと、中心にあるのは、AIが攻撃を自動化し、防御側の処理能力を上回る規模で一斉に仕掛けてくる「AIのサイバー飽和攻撃」への備えと、政府の対処体制の強化です。暗号資産の追跡は警察庁の項の1文です。PQC(耐量子計算機暗号)への移行とDID/VCの検証は、それぞれ国家サイバー統括室とデジタル庁の施策として置かれ、PQCは総務省の量子暗号通信の項でも触れられています。本稿では、まず提言の全体像をつかみ、そのうえで暗号資産の追跡と、ブロックチェーン分野とも接点を持つ2つの技術について、誰に何を求めているのかを読み解きます。

「サイバー有事前夜」という認識

提言は冒頭で、企業へのサイバー攻撃による個人情報の流出が相次ぐ現状を、国の経済安全保障と国家安全保障を揺るがす「サイバー有事前夜」と位置づけています。重要インフラとして法的に高い対策を求められている業種の外で、大量の個人情報を持つ企業が広く狙われている点も、はっきり指摘しています。

最近の攻撃に中国製のAIモデルが使われているという報道にも触れています。関連する攻撃の手口として、相次ぐ不正アクセスの攻撃元に浮上したAIツール「ARTEX」については、innovaTopiaでも解説記事で伝えてきました。AIが脆弱性を見つける速さは、守る側にとっても攻める側にとっても、もう前提条件です。PHP2Shellでは、AIを使った研究で見つかった重大な脆弱性のCVE番号が予定より早く流出し、修正版の公開が1日前倒しされました。

これに対し提言は、官邸主導で「サイバー対処本部(仮称)」を立ち上げ、国家サイバー統括室(NCO)を事務局として、省庁の縦割りを越えて動く司令塔にすることを求めました。時事通信によると、23日に提言を受け取った高市首相は「差し迫った状況にある」と述べ、まずはNCOを司令塔として強化に取り組む考えを示しました。

防御側もAIを使う「Project YATA-Shield」の推進や、OpenAI、Google、Anthropicといった米国の主要AI事業者と直接の連携窓口をつくることも盛り込まれました。攻撃の自動化に、防御の自動化で応える。提言全体を貫く発想はここにあります。

暗号資産は「犯罪の出口」を追う一文

暗号資産が登場するのは、警察庁に向けた項目の中です。ランサムウェア集団のように国境をまたいで分業するサイバー犯罪組織に対し、FBIやユーロポールなど各国の法執行機関との共同作戦に主導的に加わることを求めています。そのうえで、犯罪者が使う指令サーバー(C2サーバー)の無害化と並べて、不正に取得された暗号資産の追跡を積極的に行うよう求めました。

狙いは、提言自身の言葉を借りれば「日本を狙うサイバー攻撃は割に合わない」と思わせる抑止です。身代金や盗んだ資金が暗号資産で動くなら、その流れを追い、出口で押さえる。ビットコインなどの公開型のブロックチェーンでは、取引の記録をたどることが捜査の手がかりになります。記録をたどることと、持ち主を特定して資産を取り戻すことは、また別の段階です。

なお、この項目は捜査の強化を求めるもので、暗号資産交換業者や利用者に新たな義務を課すものではありません。暗号資産そのものの規制を論じた提言でもない点は、見出しだけを追うと誤解しやすいところです。

PQCは「2035年」より前へ

暗号を破れるほど大規模で高性能な量子コンピュータが実現すると、現在広く使われているRSAや楕円曲線暗号などは安全性を失うおそれがあります。これに備えて、量子コンピュータでも解きにくい新しい暗号へ切り替えるのが、耐量子計算機暗号(PQC)への移行です。

政府はすでに方針を持っています。NCOが2025年11月に公表した中間とりまとめは、政府機関等の対象システムについて原則2035年までの移行を目指し、2026年度中に工程表を策定する方針を示しています。特に機微な情報や長期の保護が必要な情報などを扱う場合は、より早い移行も検討するとしていました。

提言は、そこからさらに踏み込みます。欧米の主要国が影響の大きいシステムを2030〜2031年ごろまでに移行するとされていることを挙げ、優先度が高いシステムについては早めの期限を定めて移行を急ぐよう求めました。総務省には、量子暗号通信(QKD)をPQCに重ねる「二重の防護」として、東京・名古屋・大阪を結ぶQKDネットワークの整備を急ぐことも求めています。

ここで対象になっているのは、政府機関などの情報システムです。ビットコインやイーサリアムの署名方式も楕円曲線暗号に立っており、量子への備えはブロックチェーン業界でも大きな議題ですが、提言はブロックチェーンの暗号には触れていません。国が移行を急ぐことが、暗号の世代交代を後押しする可能性はありますが、両者を同じ話として読むのは一歩先走りです。

DID/VCは「web3時代のトラスト基盤」として

3つ目はデジタル庁に向けた項目です。マイナンバーカードの公的個人認証(JPKI)を民間のシステムに組み込むことを進め、さらに「情報漏洩に強く改ざん耐性のあるweb3時代のトラスト基盤」として、分散型ID(DID)と検証可能なクレデンシャル(VC)の有用性を検証するよう求めました。

この項目は、本人確認をめぐる記述の流れの中にあります。提言は、運転免許証の券面コピーで本人確認をしていたことが個人情報の漏えいにつながった事案を挙げ、マイナンバーカードによる電子的な本人確認を広げるよう求めています。カードの取得の義務付けを検討することまで踏み込みました。

VCは、資格や属性などを発行元の電子署名で検証できる形にし、保有者が必要な相手に示す仕組みです。方式によっては、必要な項目だけを選んで示すこともできます。本人確認書類の画像を事業者が預かり続けることが漏えいの火種になるなら、預からずに確かめられる方式は、その答えの候補になります。DIDやVCは、ブロックチェーンを使わなくても実装できる技術です。提言が求めているのは導入ではなく「有用性の検証」ですが、DID/VCの検証が、サイバー防衛の文脈で党の正式な提言に書き込まれたことには意味があります。

党の提言から、政府の施策へ

この文書は自民党の提言であり、政府の決定ではありません。提言は最後に、各項目について予算措置と法令の検討にすぐ取りかかるよう政府に求めています。

一部はすでに動いています。総務相は23日の会見で、東名阪の量子暗号通信の広域テストベッドの構築やNICTの研究開発などに必要な予算を、令和9年度の概算要求で要求していると説明しました。概算要求は予算の成立ではありません。提言がどの施策をどこまで加速し、予算の成立や制度化につなげるのかは、これから見えてきます。

おわりの部分では、サイバー対処能力強化法で認められた外国関連の通信情報の利用だけでは足りない場合に、国内の通信情報を被害防止に使うことの検討も求めています。マイナンバーカードの取得の義務付けと並んで、国民の権利と直接関わるテーマであり、具体化の段階で丁寧な議論が求められます。

党の提言と政府の場で、暗号資産の技術が語られ始めた

この週には、ほかにも暗号資産の技術が政策の場で語られました。複数の報道によると、井林辰憲国土交通相は21日の衆院国土交通委員会の所信表明で、訪日客の消費税の還付について、ステーブルコインの活用の検討も含めて対応を進める考えを示しました。9月30日に開かれた金融庁の会合では、デジタル庁が、ステーブルコインとトークン化預金を給付金に使えるかを技術面から検討する方針を説明しています。innovaTopiaでも、議事録の公表を受けて10月20日に伝えました。

犯罪資金の追跡、本人確認、免税の還付、給付金。入口も政策の段階もそれぞれ違いますが、党の提言や国会、政府の会合の中で、これらの技術は具体的な行政の課題との関係で論じられ始めています。この技術が社会の基盤として受け入れられていくかどうかは、こうした一行一行が、実際の施策へどう育っていくかにかかっています。

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【編集部後記】

今回の提言には、「いわゆる『Mythos問題』」という言葉が2回出てきます。次世代AIの悪用で攻撃が自律化・高度化するリスクを指す呼び名として使われ、それ以上の説明はありません。

同じ本部が5月に出した提言では、米Anthropicの「クロードミュトス」をはじめとする高度自律型AIの脅威への対策を特記していました。5か月前は製品名とともに書かれていたものが、今回は「いわゆる」の一語で通じる扱いになっています。次に政策の文書で「いわゆる」が付くのは、どの技術の名前でしょうか。


【用語解説】

政務調査会(政調)・政調審議会
自民党で政策を立案・審議する機関が政務調査会。各部会や本部がまとめた政策案は、政調審議会の了承を経て党の正式な方針となる。

AIのサイバー飽和攻撃
提言が用いる言葉。AIが自動的にシステムの脆弱性を突き、防御側の処理能力を上回る規模で一斉に攻撃を仕掛ける事態を指す。

C2サーバー
Command and Control(指令・制御)サーバー。攻撃者が、乗っ取った端末やマルウェアに指示を送り、盗んだデータを受け取るために使うサーバー。

耐量子計算機暗号(PQC)
Post-Quantum Cryptography。大規模な量子コンピュータでも解読が難しいと考えられる数学的問題に基づく暗号。米国立標準技術研究所(NIST)が2024年に最初の標準を公表した。

楕円曲線暗号
楕円曲線上の計算の難しさを安全性の根拠とする公開鍵暗号。ビットコインやイーサリアムの電子署名にも使われている。十分な性能の量子コンピュータが実現すると、安全性を失うおそれがある。

量子暗号通信(QKD)
Quantum Key Distribution(量子鍵配送)。光子などの量子の性質を利用して暗号の鍵を配る技術。通信の途中で盗み見があると、その痕跡が残る。

公的個人認証(JPKI)
マイナンバーカードのICチップに格納された電子証明書を使い、オンラインで本人確認や電子署名を行う国の仕組み。

分散型ID(DID)
Decentralized Identifier。特定の事業者が一元管理するIDに頼らず、利用者自身が管理できる識別子。W3Cが標準化している。

検証可能なクレデンシャル(VC)
Verifiable Credential。資格や属性などの情報を、発行元の電子署名によって検証できる形にしたデジタル証明書。保有者が提示する相手と範囲を選べるように設計できる。

概算要求
各府省庁が、翌年度の予算として必要な額の見積もりを財務省に提出すること。年末の政府予算案の編成を経て、国会で予算が成立する。

ステーブルコイン
法定通貨などと価値が連動するよう設計された暗号資産・デジタル通貨。日本では資金決済法上の「電子決済手段」として扱われる円建てのものも発行されている。

トークン化預金
銀行預金をブロックチェーンなどの上でトークンとして表したもの。銀行の預金としての性質を保ったまま、プログラムによる送金や決済に使えるようにする。

【参考リンク】

自由民主党(外部)
国家サイバーセキュリティ戦略本部が10月23日に高市首相へ提言を申し入れたことを伝える党の公式ページ。提言本文のPDFを掲載する。

平将明 公式サイト(外部)
本部長の平将明衆院議員の公式サイト。提言の背景と内容を説明し、本文11ページと概要3ページのPDFをそれぞれ公開している。

内閣官房 耐量子計算機暗号(PQC)への移行(外部)
政府機関等の耐量子計算機暗号(PQC)への移行に関する関係府省庁連絡会議の資料をまとめたページ。2025年11月の中間とりまとめを含む。

総務省 藤井総務大臣閣議後記者会見の概要(令和8年10月23日)(外部)
令和8年10月23日の総務大臣の閣議後記者会見の記録。自民党の提言への対応方針と、令和9年度概算要求での予算要求に触れている。

金融庁 AI時代を見据えたオンチェーン金融フォーラム(外部)
AI時代を見据えたオンチェーン金融フォーラム第1回(9月30日)の議事録。デジタル庁による給付金への活用に関する説明を含む。

W3C Verifiable Credentials Data Model v2.0(外部)
検証可能なクレデンシャル(VC)のデータモデルを定めたWeb標準の仕様書。発行者・保有者・検証者の役割と選択的開示を扱う。

【参考記事】

情報流出頻発、政府体制整備へ 高市首相表明「差し迫った状況」(時事通信)(外部)
高市首相が10月23日に提言を受け取り、「差し迫った状況にある」と述べて、NCOを司令塔に対策を強める考えを示したと報じた。

サイバー攻撃頻発で「対処本部」設置を 自民、政府に提言へ(時事通信)(外部)
自民党の国家サイバーセキュリティ戦略本部が10月20日に提言を取りまとめたことを報じた記事。対処本部の設置を柱とすると伝えた。

自民党、「サイバー有事前夜」と提言 暗号資産の追跡や耐量子暗号を明記(CoinPost)(外部)
提言を暗号資産の観点から報じた記事。不正に取得された暗号資産の追跡と、耐量子計算機暗号への移行加速が盛り込まれたと伝えた。

井林国交相、訪日客の消費税還付にステーブルコイン活用を検討(CoinPost)(外部)
井林国交相が10月21日の衆院国土交通委員会の所信表明で、訪日客の免税還付へのステーブルコイン活用の検討に触れたと報じた。

「平時・有事の区別に意味はない」サイバー対処能力向上へ高市総理に提言(自由民主党)(外部)
同じ本部が5月に申し入れた前回の提言。Anthropicの「クロードミュトス」をはじめとする高度自律型AIの脅威への対策を特記した。

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山本 達也 代表社員
合同会社デジタルの窓口 代表。ウェブ解析士。生成AI・サイバーセキュリティ・ 宇宙開発領域を中心に執筆。

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