富士通×米ニューメキシコ州 量子コンピューティング研究センター設立に向けた協業

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量子コンピューターは、単体で難問を解く機械として語られがちです。しかし今回の富士通の発表は、データの準備やエラー緩和、結果の検証を従来型のコンピューターが担う「ハイブリッド」構成こそが実用的な量子計算に不可欠だと明言しています。その富士通が、国立研究所の集まる米ニューメキシコ州と協業を始めました。自社開発CPU「FUJITSU-MONAKA」を携えて、同州に量子研究の足場を築こうとする動きです。研究センターはまだ「設立に向けた」段階にあります。発表から読み取れることと、まだ見えていないことを整理します。


目次▼「量子だけ」では計算は完結しない▼富士通が手元に持つ「部品」▼構想に「AI」が加わる意味▼量子機械学習への期待と、足元からの冷静な指摘▼まだ見えていないこと
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2026年10月9日に富士通が発表したのは、米ニューメキシコ州との、量子コンピューティング研究センター設立に向けた協業である。協業は10月8日に始まった。センターはハードウェア、ソフトウェア、アルゴリズム、理論にわたる研究と人材育成を担う。共同研究の候補に、サンディア国立研究所、ロスアラモス国立研究所、ニューメキシコ大学、ニューメキシコ州立大学(NMSU)が挙がる。富士通は2025年10月からNMSUと次世代CPU「FUJITSU-MONAKA」の共同研究を行っており、量子、AI、古典HPCを組み合わせた環境での同CPUベースのHPCの役割も検証する。同州は、量子事業の設立・拡大を目指す企業と並んで投資するため1億5,000万ドルの拠出を約束しており、両者はその取り組みへの参加・支援を探る。

From: 文献リンクFujitsu launches collaboration with State of New Mexico to establish quantum computing research center

【編集部解説】

「量子だけ」では計算は完結しない

今回のリリースで目を引くのは、研究センターそのものよりも、その背後にある計算の設計思想かもしれません。リリースは、実用的な量子ワークロードではデータ準備、大規模シミュレーション、最適化、制御、エラー緩和、検証の各段階で古典システムとの緊密な統合が必要だとし、量子プロセッサーは独自の優位性を発揮できるタスクに適用するという役割分担を示しています。そのうえで検証の対象として挙げたのが、量子コンピューティング、量子シミュレーション、AI、古典HPCを組み合わせた環境のなかでFUJITSU-MONAKAベースのHPCが果たす役割です。

この協業の主語は、量子コンピューター単体というより、量子を一つの部品として含む計算基盤全体だと読むことができます。

富士通が手元に持つ「部品」

この構図を理解するには、富士通がすでに何を持っているかを並べてみるのが近道です。

古典側の中核となるFUJITSU-MONAKAは、2nmのコアダイを3D積層した144コアのArmベースCPUです。2026年9月14日に、搭載サーバー「Fujitsu MONAKA Server」とあわせて11月から販売を始めると発表されたばかりで、AI推論とHPCを主な用途に掲げています。

今回の協業の土台となったNMSUとの関係は、2025年10月20日に発表された覚書に始まります。HPC、AI、エッジコンピューティングの交差点を扱う全米規模のテストベッドを、2026年に稼働させる計画でした。この時点の発表では、量子は州のデジタル投資の例として一度触れられた程度でした。

量子側では、理化学研究所と共同開発した256量子ビットの超伝導量子コンピューターを2025年4月に実現しています。1,000量子ビット級の機体は、川崎市の研究開発拠点で2026年度中の設置・公開を目指して準備が進められています。2030年度には1万物理量子ビット超、250論理量子ビットの実現を目標に掲げています。このほか、40量子ビットの量子シミュレーターや、実機とシミュレーターを切り替えて使えるハイブリッド量子コンピューティングプラットフォームも提供しています。

国内では、理研の次期スーパーコンピューター「富岳NEXT」で、FUJITSU-MONAKA-XとNVIDIAの技術をNVLink Fusionで接続する構成が計画されており、将来的には量子コンピューターとの統合も見込まれています。

CPU、量子ハードウェア、シミュレーター、それらをつなぐソフトウェア。富士通自身も、ハードウェアからアプリケーションまでを一貫して手がけるフルスタックの研究体制をうたっています。ニューメキシコでの構想は、これらの部品を「組み合わせ」として米国の研究拠点に持ち込もうとする試みとして位置づけられそうです。

構想に「AI」が加わる意味

今回、ハイブリッド環境の構成要素として、AIが量子や古典HPCと並べて挙げられている点も見逃せません。もっとも、AIがこの環境で具体的にどのような役割を担うのかは、リリースには書かれていません。ただ、FUJITSU-MONAKA自体が、CPUだけで300億〜700億パラメータ級の大規模言語モデルを動かすAI推論基盤として打ち出されている点は押さえておきたいところです。同じCPUが、AIの基盤であると同時に、量子計算を支える古典側の基盤としても検証されることになります。

量子とAIの関係には、少なくとも二つの方向が考えられます。一つは、AIを含む古典計算が量子計算の準備や制御、後処理を支える方向です。もう一つは、量子計算をAIそのものに使う方向です。前者はリリースが列挙する古典側のタスクと地続きにあります。後者を代表するのが、量子機械学習と呼ばれる分野です。

量子機械学習への期待と、足元からの冷静な指摘

量子機械学習は、量子回路を学習モデルとして使う研究分野です。なかでも量子畳み込みニューラルネットワークは、量子機械学習で最も有望なモデルの一つと多くの研究者にみなされてきました。今回の発表と直接の関係はありませんが、興味深いことに、この分野に重要な問いを投げかけた研究が、リリースで共同研究先の候補に挙がったロスアラモス国立研究所から出ています。

同研究所の研究者を中心とするチームは2025年8月、量子モデルの学習を妨げる「バレンプラトー」を回避するための手法が、結果としてモデルを古典コンピューターでシミュレーション可能にしてしまう可能性を論じた展望論文を、Nature Communicationsで発表しています。関連研究では、量子畳み込みニューラルネットワークの代わりに構築した純古典的なモデルが、ベンチマーク上で量子版と同等以上の結果を出したとしています。ただし研究チームは量子コンピューターの可能性そのものを否定してはおらず、量子系のシミュレーションのように構造を持つアルゴリズムはこの限りではないとしています。

「量子をAIに使えば速くなる」という期待と、「量子でしか解けない部分を見極め、それ以外は古典に任せる」というハイブリッドの発想。今回のリリースが示した役割分担は、後者に近いものです。

まだ見えていないこと

リリースから読み取れないことも整理しておきます。研究センターの所在地、規模、投資額、人員、開設時期は示されていません。センターでどの方式の量子コンピューターを扱うのかも書かれていません。リリースによれば州が拠出を約束した1億5,000万ドルについても、富士通と州は取り組みへの参加・支援の機会を検討するとしているにとどまります。現時点は、MOU(覚書)を結んで協業を始めた段階です。

ハイブリッドという設計思想が、ニューメキシコでどのような具体的な形をとるのか。続報で注目したいのはその点です。

【解説】GPT-5.6 Sol、MITの量子ビット較正を自律実行
AIエージェントが超伝導量子ビットの較正を担った実験の解説。AIが量子計算を支える方向の具体例です。

【解説】IBM Research|量子回路とLLMの理論的分離を証明、早合点は禁物?
量子回路とLLMの能力差を理論面から扱った研究の解説。量子とAIの関係を考える手がかりになります。

富士通「Fujitsu Hybrid Quantum Computing Platform」×理研、256量子ビット超伝導量子コンピュータを開発――世界最大級の計算能力を実現
富士通と理研が共同開発した256量子ビット超伝導量子コンピューターの発表を伝えた記事です。

【編集部後記】

量子コンピューターの話題は、「どこまで速くなるか」に集まりがちです。けれども今回の発表が描いていたのは、量子がCPUやAIと持ち場を分け合う、現実的な計算の姿でした。何を量子に任せ、何を古典に残すのか。その線引きは、技術の進歩とともに少しずつ動いていくはずです。私たちの身の回りにある「難しい計算」のうち、量子の持ち場になるのはどの部分なのか。続報を追いながら、一緒に考えていければと思います。

Fujitsu Press Release(英語)(外部)
ニューメキシコ州との量子コンピューティング研究センター設立に向けた協業の発表。ハイブリッド計算の必要性の説明が詳しい英語版

富士通 プレスリリース(日本語)(外部)
同発表の日本語版。協業開始日(2026年10月8日)や、NMSUとの共同研究の開始時期(2025年10月)が記載されている

富士通 量子コンピューティング研究(外部)
超伝導量子コンピューター、40量子ビットの量子シミュレーター、ハイブリッド量子計算基盤など、富士通の量子研究の全体像を紹介

FUJITSU-MONAKA(富士通)(外部)
2nm・144コアのArmベースCPU「FUJITSU-MONAKA」の製品ページ。3D積層構造の仕様や、AI推論などの想定用途を掲載

Quantum New Mexico Institute(外部)
ニューメキシコ大学とサンディア国立研究所による量子情報科学の共同研究組織。今回の発表で、富士通の連携先として名前が挙がった

Sandia National Laboratories(Quantum)(外部)
サンディア国立研究所の量子情報科学のページ。量子コンピューティング、量子センシング、量子通信の各分野の研究を紹介している

Los Alamos National Laboratory(外部)
ロスアラモス国立研究所の公式サイト。共同研究の候補に挙がった機関の一つで、量子機械学習の研究成果も発信している国立研究機関

NMSU Newsroom:NMSU partners with Fujitsu(外部)
2025年10月にNMSUと富士通が結んだ覚書を伝える大学側の発表。HPC、AI、エッジコンピューティングのテストベッド構想を紹介

【用語解説】

量子・古典ハイブリッドコンピューティング(英語名: Quantum-Classical Hybrid Computing)
量子コンピューターと従来型のコンピューター(古典計算機)を組み合わせ、それぞれが得意な処理を分担させる計算の形態。データの準備、制御、結果の検証などを古典側が、量子特有の計算を量子側が担う。

HPC(ハイパフォーマンスコンピューティング)
スーパーコンピューターに代表される大規模・高速な計算処理、またはそのための計算機システム。

エラー緩和(英語名: Error Mitigation)
量子コンピューターの計算結果に含まれるノイズの影響を、測定データの後処理などで推定・低減する手法。誤りそのものを訂正する「量子誤り訂正」とは区別される。

物理量子ビット/論理量子ビット(英語名: Physical Qubit / Logical Qubit)
物理量子ビットは、ハードウェア上に実装された個々の量子ビット。論理量子ビットは、多数の物理量子ビットを組み合わせて誤りを訂正し、一つの信頼できる量子ビットとして扱えるようにしたもの。

量子シミュレーター(英語名: Quantum Simulator)
量子コンピューターの動作を古典コンピューター上で再現するソフトウェアやシステム。扱える量子ビット数には、古典側の計算資源による上限がある。

量子機械学習(英語名: Quantum Machine Learning)
量子回路を学習モデルとして用いるなど、量子計算を機械学習に応用しようとする研究分野。

バレンプラトー(英語名: Barren Plateau)
量子回路のパラメーターを学習させる際に、勾配がほぼゼロになる領域が広がり、学習が進まなくなる現象。

【参考記事】

NMSU and Fujitsu to establish national testbed for high-performance and edge computing technology — Office of the Governor, New Mexico(外部)
NMSUと富士通が、HPC・AI・エッジのテストベッド設置で合意した2025年10月の発表。2026年の稼働を見込み、MONAKAを活用する

世界トップレベルのAI推論性能を実現する国産次世代CPU「FUJITSU-MONAKA」とソブリンAI基盤を実現する国産サーバ「Fujitsu MONAKA Server」販売開始について — 富士通(外部)
FUJITSU-MONAKAと搭載サーバーを2026年11月から販売するとした発表。AI推論やHPCなどを主な用途に掲げている

NVIDIA and RIKEN Advance Japan’s Scientific Frontiers With New Supercomputers for AI and Quantum Computing — NVIDIA(外部)
理研のAI・量子研究向けGPUシステム導入の発表。富岳NEXTでのMONAKA-XとNVIDIAの組み合わせや、将来の量子統合に言及

量子コンピュータがもたらす大変革──勝者となるために今から企業が準備できること — 富士通(外部)
1,024量子ビット機の2026年度公開予定と、2030年に1万物理量子ビット超・250論理量子ビットを目指す富士通のロードマップを紹介

Researchers show some quantum learning models are classically simulable — Los Alamos National Laboratory(外部)
バレンプラトーを回避する量子学習モデルは古典計算で再現できる可能性があるとする研究の紹介。構造を持つアルゴリズムは例外とする

Does provable absence of barren plateaus imply classical simulability? — Nature Communications(外部)
上記研究の展望論文(2025年8月掲載)。バレンプラトーを回避する構造が、計算を古典的に扱える小さな部分空間に閉じ込める可能性を論じている

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野村貴之
大学院を修了してからも細々と研究をさせていただいております。理学が専攻ですが、哲学や西洋美術が好きです。日本量子コンピューティング協会にて量子エンジニア認定試験の解説記事の執筆とかしています。寄稿や出版のお問い合わせはinnovaTopiaのお問い合わせフォームからお願いします(大歓迎です)。

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